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ひとりでも通話



「自分という人間に最後まで付き添うことができるのは、自分ひとりだけ」
先生は僕たちに向かって、確かにそう言った。

『通話』。それはチリの詩人・小説家であるロベルト・ボラーニョが描く人生の悲喜交々。
人間と言うキャンバスに切り貼りされる愛や憎悪、出会い、別れ。
交錯する記憶と、心情の羅列。もしくは、その断片。

通話(対話)とは、相手(他者)があってこそ成立する個々人の営み・・・だとは限らない。
何故なら、その他者こそが、自分の本質である可能性を否定できないから。
不確定な自己、あるいは他者。そういうものを引きずりながら、みんな生きている。

通話=内面に語りかける心のシグナル。シグナルはキャンバスを赤く照らす。
人生はまるでコラージュのようだ。
ロベルト・ボラーニョの詩的な言葉に触れて、そんなことを思った。
常に何かが貼られ、何かが剥がされ、その記憶は薄らいでも、痕跡だけは確実に残る。
傷跡のない生き物なんて存在しない。人生も同じ。

つかみどころのない人生を、それでも必死につかもうと、もがく人々。
それを誰も否定することはできない。きっとアナタもそう、僕だって一緒。

チリの詩人による儚く、そして、美しい独白に耳を傾けよう。
「僕らはこうしてここにいる。そしてこれから先、いろいろな事が、微かにではあるが変わろうとしている」

*コラージュと言えば、こちらも要チェック→ギャラリイ5603

ロベルト・ボラーニョ / 通話
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テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

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No title

あら~、このような文学作品と並べられちゃって耐えられるんでしょうかね…。
ご紹介下さりありがとうございます。
人生はコラージュ、というのはなかなか言い得て妙ですね。
断片が折り重なったり、堆積したり、また剥がれ落ちたり、傷ついたり、朽ちたり…。
コラージュ制作では、想像以上に濃密な時間や意外な空間が突如画面に立ち現れてくることがあります。スリリングです。
『通話』、ぜひ読んでみます。

No title

いやいや、questaoさん。
僕はボラーニョの小説にもquestaoさんの作品にも、同様のスリルと感動を覚えますよ。
「想像以上に濃密な時間や意外な空間が突如画面に立ち現れてくる」というのは
キャンバスに挑む者だけが見ることを許される究極のサイケデリアですよね。
可能な限り様々なモノを刻み付けて生きてゆきたいものです。
いまのところ、恥辱の傷跡が頭ひとつ抜けています(笑)。
それもまた、ご愛嬌ってことで(笑)。
『通話』、きっとお気に召されると思います。
プロフィール

繁盛亭アルバイテン

Author:繁盛亭アルバイテン
ヒッピー・ボヘミアンな生活に憧憬を抱く浪速のポンコツ。
物心ついたときから寝つきが悪い。

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