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父に捧ぐ

dahmane.jpg kamel.jpg

オヤジの背中を意識し始めた頃には、すでにオヤジの背中は丸くて小さくなっていた、なんていう話を聞く。
アルジェリアのカスバで産声を上げた民衆歌謡シャアビ、そのシャアビを移民社会に根付かせたダフマン。
そんな偉大な人物を父親にもったカメルにとって、オヤジの背中とはどのようなものだったのだろうか。
まぁ、オヤジに対する想いだけで、アルバム1枚制作してしまうくらいだから、相当の憧憬を抱いていたに
違いない。ダフマンの歌は、フランス社会の抑圧に脅える移民たちにとって、郷愁そのものだったと言う。
彼のしわがれた声が、多くの人々を鼓舞し続けていたのだとしたら、ダフマンはカメルだけの父ではない。
カメルは本能でそれを悟り、だからこそ、オヤジの楽曲に正面から挑まずにはおられなかったのではないのか?
両者を比較することに意味はないが、それもまた偉大な父を持つカメルの宿命でもある。そんなことは本人も
承知の上だろう。それでも彼はマンドーラを手に取った。そして歌った。オヤジの歌を。オヤジの悲哀を。
なぜなら、そこに背中があるからだ。超えていかなければならない、大きな大きな背中が。
カメルのシャアビはオヤジのそれに比べて、良くも悪くもシャープな仕上がりだ。現代的というのは容易い。
そんなの批評でも何でもない。カメルは自分に嘘をつけなかったんだ。それゆえのスピード感ではないだろうか?
僕は勝手にそう解釈している。数曲収録された自作曲では、オヤジの向こう側に行こうとする、意志を感じた。

どうでも良い余談なんだけど、僕の家は自転車屋だった。いまはもうない。不況の波に攫われた。
だけど、僕にとってのオヤジは、いつまでも自転車屋の店主であり、自転車バカだ。
僕はいまになってオヤジの背中をしっかりと見据えた。小さかった。小さく、遠かった。
そう、どんなにペダルを強く踏み込んでも、まだまだオヤジには追いつけないんだ。悔しいぜ(笑)。

↓こちらが我が父、繁盛亭オヤジ(60歳)
oyaji.jpg

DAHMANE EL HARRACHI / YA EL HADJLA
KAMAL EL HARRACHI / GHANA FENOU
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テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

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No title

噂によると、アルバイテンオヤジは坂道で加速するとか、、、。
闘争心はプロレーサー並の60歳。オヤジの背中が大きくなる日が楽しみですね(笑)
素晴らしい父と息子ですね。

No title

muさん

そうなんですよ、上りも下りも加速しよるんで、背中は小さくなる一方です(笑)。
我が親ながら、恐ろしい60歳やと思います。来年、新兵器イゾアール号で、
改めてオヤジに挑戦状を叩きつけるつもりです(笑)。
プロフィール

繁盛亭アルバイテン

Author:繁盛亭アルバイテン
ヒッピー・ボヘミアンな生活に憧憬を抱く浪速のポンコツ。
物心ついたときから寝つきが悪い。

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