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ごめんですんだら警察いらん!



小学校低学年くらいのとき、近所のスーパー・マーケットのトイレで用を足していたら、
不意に背後から見知らぬオヤジに覆い被さられ、細作りのちんちんを鷲掴みにされたことがある。
恐怖と驚きでパニック状態に陥りながらも、何とか身を捩って変態オヤジの腕から逃れた。
そのままパンツにちんちんを仕舞い込むのも忘れて逃げ帰ったのだが、自宅に着いた頃には、
涙とおしっこで、顔も局部もビショビショに濡れていた。あの日の屈辱を、僕は生涯忘れないだろう。
それから暫くの間、重度の勃起障害を患ったのだから、尚更だ。よく立ち直れたもんだよ、我ながら・・・。

前置きが長くなったが、ギャスパー・ノエ監督の『アレックス』の話に移ろう。
ノエ監督と言えば『カルネ』『カノン』で、思考の移ろいを映像化することに成功した鬼才である。
肉屋のオヤジが街中を彷徨い歩きながら、不埒な妄想を弄ぶだけの映画だが、不思議と美しかった。
退屈と狂気のギリギリの境目を掬い取る感性は、見事と言うより他にない。不快なのに何度も見てしまう。

しかし『アレックス』には思索の入り込む余地はない。徹底して神の視点を貫いている。
冷徹なまでの客観的視座を採用し、主演のモニカ・ベルッチを観察する。だが、これはドキュメンタリーではない。
当然のことながらフィクションである。そこにむしろ監督の冷気を感じた。不快だし、もう二度と見たくない。

美しい女性が、惨たらしい惨劇に遭う。この世から殲滅するべきレイプという卑劣な行為の対称に。
それを時間の逆再生で見せる。つまり地獄から、幸せなひと時までを、遡る訳だ。この手法にも憎しみを覚える。
僕たちは冒頭に地獄を見ている。ささやかな幸福も、すべて惨劇に帰着することを予め知らされているのだから。
ノエ監督は『カルネ』『カノン』に貫かれていた美学を放棄したように思う。本作は憎まれてしかるべき映画だ。
けれど、監督は撮った。いや、撮らざるを得なかったと言うべきだろうか。観客を現実に突き返すために。
映画『アレックス』は、真実を伝えるべくして創られたノエ監督の「大嘘」である。
そして、幼少期の僕が遭遇したオヤジは、誰かの嘘から出たまことなのだ。
奴らの薄ら笑いは、紛れもなく現実なのだ。

ギャスパー・ノエ監督/ アレックス
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繁盛亭アルバイテン

Author:繁盛亭アルバイテン
ヒッピー・ボヘミアンな生活に憧憬を抱く浪速のポンコツ。
物心ついたときから寝つきが悪い。

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