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語り部は祖父



今年86歳になる祖父と話をしていると、唐突に時間軸が拉げる瞬間がある。
2010年いま現在の情景が、祖父の頭の中でぐるぐると巻き戻され、戦時中に着地する。
伊丹空港から飛び立った旅客機と、B-29が交錯し、祖父の顔から表情が消える。
そうかと思えば、散歩中に偶然すれ違った人妻に、かつての恋人の面影を重ねたりもしている。
DJがクロスフェーダーを巧みに操るように、祖父の「語り」には過去と現在がミックスされるのだ。

ある時、僕の妻に向かって祖父が言った。
「こないだまで、ここら辺は車よりも牛のほうが多かったんやで。奥さん、知ってるやろ?」
もちろん、祖父の言う「こないだ」とは、厳密には80年くらい前の日本の原風景を指している。
当時を知る由もない妻は、笑顔でこう切り返した。
「牛に乗ったおじいさんとお会いしたかったですわ」

或いは、右足に入ったボルト(骨折が原因)を指して、祖父はいつも顔をしかめるんだ。
「足に入ったこれ、こっちのカネやったら良かったんやけどなぁ」
そう言って、右手の親指と人差し指で、嫌らしい輪を作る。

また、祖父は60年くらい、ずっと日記(と言うか、日誌)を記していて、そこには
朝起きて食べた果物の種類や、その日の相撲や野球の試合結果などが詳細に記録されている。
にもかかわらず、僕らと出かけて楽しく食事をしたことなんかは、すっぽりと抜け落ちていたりする。

祖父の言う「昨日」とは数十年前の出来事であり、祖父の言う「彼女」とは亡くなった祖母のことであり、
そうではなかったりで、計らずも聞き手は、幾重にも折り重なった「時間」の襞へと誘われるのだ。
そこに真実も嘘も希望もハッタリも混入されるのだから、ほとんど不思議の国のアリス状態である。
しかし、80年も生きてきた人間が「語る」というのは、そういうことなんだと思う。
膨大に過ぎ去った時間の中に立ち、「いま」を「語る」ということは。

小島信夫さんが90歳で書き上げた『残光』の中でも、時間の迷宮が展開されている。
東京の片隅で一人暮らしをする「ぼく」は、地方の介護施設に居る妻との思い出を辿り、
そして、書き、そして、読み、また書いては、思い出す。膨大な過去を参照し、いまに転化する。
ほとんど身辺雑記とも言える記述の中で、突然、読者に語りかけるような文体が挿入されたりもする。
なんと、あっけらかんとアヴァンギャルドなことか!これこそが90年も生きてきた人間の「語る」作品なのだ。
残念ながら本書は小島さんにとっての遺作となったが、「語り」はいたるところに存在するのだろう。

そう言えば、先日、母からメールが来た。祖父の日誌に、以下のような記述を見つけたそうだ。
6月28日(月)。入れ歯ネタ、病院で大ウケ。

小島信夫 / 残光
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テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

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No title

祖母が入院中(今は同居中です)、「結婚しないの?」と私に尋ねたので、私は「しないよ。あんまり願望ないから」とあまりおばあちゃん孝行ではない発言をしたことがあります。
その時祖母はからからと笑ってこう言いました。
「あなた流にやればいいのよ」
ズシッときました…忘れられません。

No title

その入れ歯ネタ、ぜひぜひ受け継いでください!

No title

のぐっちさん

素敵なエピソードをありがとう。素晴らしいお祖母ちゃんやんか。
江戸アケミさんの「おまえはおまえのロックで踊れ」にも通ずる名言ですね。
こちらにもズシっと響いてきましたよ。

meijijiさん

自分にも祖父の血が流れているので、計らずも受け継いでしまう可能性が大です。
何とか爆笑が取れるように、精進します(笑)。

お元気なのはよろしい事です

おじいさま、お元気そうで何よりです。

私の祖父も、以前は大変頻繁に戦中にトリップして、焼夷弾が落下する様を語ってくれていたのですが、最近は元気がなくなってしまいました。

いつまでもお元気でおられる事をお祈りします。

No title

kurukuruwolfさん、はじめまして。いつも妻がお世話になっております。
kurukuruwolfさんのブログも、妻と一緒に楽しませていただいております。
祖父へのエールもありがとうございます。
祖父と会話をしていると、度々「?」ってなるんですが、
元気でいる限りは「語り」を聞かせてもらいたいと思いますねぇ。
僕たちが「見る」ことが出来なかった景色/時代を「見た」人ですもん。
kurukuruwolfさんのおじいさまも、また元気に語ってくれると良いですね。
そう、願っております。

本物の過去と偽りの過去

いやー、はじめましてでした。
たくさん記事を読ませてもらっていたので、とても初めてとは思えず、馴れ馴れしいコメント失礼しました。

超低頻度更新の私のブログを読んでもらってるなんて、大変恐縮です。

奥様にも大変お世話になっております。
今後ともよろしくお願いします。

子供ができる前は、帰省して祖父の話を長い時間聞いていたものです。8割方同じ話なのに、稀に聞いた事のない話が混じるので気を抜けません。
ただ、残念なのは、祖父の目にはハッキリと見えているだろうその景色を、
見せてもらう事ができない事です。
それなのに、私の記憶には、祖父の話は映像で残ります。その映像は紛れもなく偽りです。
もし、私が祖父から聞いた話を、他の誰かに伝えようとすると、その偽りの映像を見ながら話をする事になるので、聞く人の記憶に残る映像は、さらに怪しいものになってしまうでしょう。

何度も何度も聞いた話なので、かなり鮮明に記憶に残っています。
できる事なら、偽りではなく、本物を一度見て見たいものです。


逆に、昔話のいいところは、こういった変化なのかもしれませんね。

No title

kurukuruwolfさん

こちらこそ、こんな妄想過多の文章を読んでいただいてるなんて恐縮です。
いえ、でも本当は嬉しいです。ありがとうございます。
kurukuruwolfさんのことは妻から色々と聞いておりますので、僕も初めてという気がしません。
どうぞ、今後ともよろしくお願い致します。

それにしても、おじいさまのこと、とても感慨深いものがありますね。
kurukuruwolfさんの仰る「本物の過去と偽りの過去」という言葉が凄く鮮明に響いてきました。
「いま」は「明日」の「過去」であるなんて言葉がありますが、いま自分の視界に入っているものが、
明日になって思い返したときに、完全に合致する保障なんてありませんものね。
ましてや第三者の見る過去なんて…。ほんと、そう考えると昔話って面白いですね。
プロフィール

繁盛亭アルバイテン

Author:繁盛亭アルバイテン
ヒッピー・ボヘミアンな生活に憧憬を抱く浪速のポンコツ。
物心ついたときから寝つきが悪い。

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