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前野健太と「私」

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春がふくらんで空が落ちてくる 私はまだ 土を食べられないでいる 「3月のブルース」

オーセンティックなストリート・フォークを奏でる男、前野健太さん。
彼が「私」という一人称で歌を紡ぐとき、そこには紛れもない「世界」が立ち現れます。
ときにフォークは、私小説ならぬ私音楽と揶揄されることもありますが、
彼の場合、「私」は必ずしも「前野健太」とイコールではありません。
むしろ本人を客体として離すために、「私」を用いているようにさえ感じられるのです。

そう言えば、先日DOMMUNEに出演したオルタナティヴ・フォーク・シンガー豊田道倫さんが
非常に興味深い発言をされていました。以下、要約です。

ノイズやジャンクに依拠すると、逆に人間が近くなる。
人間を遠ざけるための表現として、フォークを選択した。
現実に忠実な詞を書くことで、自分さえも「リアル」でなくなる。

音楽だけに限らず、文学や詩の世界に於いても、「私」の所在は重要な問題だと思います。
が、しかし、ここでそれらの根源を詳らかにできるほどの思想など、自分にはありません。
いま思うのは、「世界」が「私」に収束されるのではなく、「私」が「世界」に解放されるべきだと
いうことです。前野さんの音楽を聴いていると、そのような試みの片鱗を汲み取ることができます。

ちんぽみたいな大きなマンション おまえあそこに住みたいか うん 住みたいわ
ちんぽみたいな大きなマンション いくつかの部屋に明かりが灯ってる
 「マン・ション」

前野健太 / ロマンスカー
前野健太 / さみしいだけ
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テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

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繁盛亭アルバイテン

Author:繁盛亭アルバイテン
ヒッピー・ボヘミアンな生活に憧憬を抱く浪速のポンコツ。
物心ついたときから寝つきが悪い。

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