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老いて咲かせる花もある



私の祖父は、齢80を超えて恋に落ちました。人生何度目かのトキメキがあったのだと言います。
お相手はデイ・ケアで出会ったマダム。もちろん祖父と同年代の熟女であります。
かつてはスナックを経営しておられたとかで、独特のオーラを漂わせている方でした。
祖父はひと目見た瞬間から、運命の赤い糸を感じたそうです。恋の成熟は急展開でした。
手を繋いで海遊館に行き、ひとつのソフトクリームをふたりで分け合い、観覧車から夜景を一望したそうです。
祖母が亡くなってからというもの、人前で歌わなくなった祖父が、マダムとはデュエットしたと言うから驚きです。
口を開けば「マダムは歌が上手やぁ」「マダムと○○行ってきた」「マダムは優しい女やぁ」とマダム連呼ですから、
さすがに私の母なんかは「元気なのはええんやけど・・・。何だかねぇ・・・」と嘆息しておりました。

ところが、そんな眩い日々にも終焉が訪れます。
マダムが、遠方に住む息子さんのもとに、引き取られることになったのです。
現実を受け止めきれない祖父は言いました。マダムと会えないのなら、もうデイ・ケアには行かない、と。
それから暫くして、祖父の物忘れが酷くなりました。それでもマダムとの思い出だけは、いつも鮮明でした。
祖父の日記帳には、マダムから送られてきた一枚の絵葉書が、しおりのようにして、そっと挟んであります。
「お母ちゃんも、マダムも、ええ女やったなぁ」、そう呟いた祖父の目に光り輝くものがあったかどうかは定か
ではありませんが、少なくとも祖父は元気です。とってもとっても、元気です。
日々、薄らいでいく記憶があるならば、楽しい想いをアップデートしていってほしいです。
毎日がリセットされたって、また始めれば良いんですから。な、そうやろ、じいちゃん。

そんな訳で、来月のクリスマスには、ペルーのクリオージョ音楽を祖父に聴かせてあげようと思います。
躍動的なカホンのリズムと弦楽器の絡みが色っぽい、19人のじっちゃんたちによる、ギラギラ・セッション。
いまの祖父に、これほどピッタリのアルバムは他にないでしょう。オカン、カンベンな(笑)。

LOS GUARDIANES DE LA MUSICA CRIOLLA / LA GRAN REUNION
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テーマ : 音楽
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生活向上委員会



とある「郊外の街」に暮らす青年・オレ。
<自分自身>と<毎日>に納得いかない鬱屈を抱えていたオレは、
同じ想いを抱く仲間と出会い、そしてある計画を思いついた。それは・・・・・・街の悪を成敗する活動!


はい、ということで、福満しげゆきさんの漫画『生活』です。
僕はあまり漫画は読まないのですが、数年に一冊程度の割合で、凄まじい強度を誇る作品に巡り合うんですよ。
本書は福満さんにとっての唯一のアクション漫画ということになりますが、どうしてなかなかユルいです。
そこに、福満さんの優しさが感じられ、それによって、数多ある骨太漫画を蹴散らす強度を保っています。
もちろん地球の存亡を賭けた戦いが展開される訳でもないし、世界の終わりが告げられる訳でもありません。
あくまでも自分たちの日々の「生活」を守るための戦いが、鈍臭く展開される訳です。
緊迫感があるんだかないんだか、本気で戦ってるんだか遊んでるんだかわからないまま、ズルズルと・・・。
いまの僕たちにとって「敵」や「悪」とは何なのか? あたりまえのように繰り返す「生活」の本質とは何なのか?
福満さんは、本書を通じてそのようなことを世間に問うている・・・ようでいて実は問うていないと思います(笑)。
サミュエル・ベケット風に言うと、何が起きようとも明日には昨日と同じ今日がくるってことですね。
例え北朝鮮が愚行を重ねようとも、世界の終わりはやってこないのです。
終わらない戦い、それこそが「生活」なのかもしれません。

福満しげゆき / 生活

テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

♂♀の哲学



フランス書院だか何だか知らないが、世の中の官能小説なんてものは、クリシェをなぞっているばかりだ。
どれもこれも童貞の妄想という感じがして、ヌルい。ダンテやニーチェに迫るような作品はないのか!?

・・・なんて憤慨している皆様に朗報です。あるんですよ。実は。
ダンテやニーチェに肉迫するような、危ない官能小説が。とてつもなく哲学的な、性の書が。
著者は花村萬月さん。キリスト冒涜の書『ゲルマニウムの夜』で芥川賞を受賞したアウトロー作家です。
当時も随分騒がれました。「文芸ビッグ・バンだ」とか何とか言って。水嶋ヒロくんどころの衝撃じゃないですよ。
もともとエロを得意とする花村さんが、正真正銘、真正面から官能小説に挑んだのが、こちらの『♂♀』です。
読んで字の如し、まさに♂と♀の性に纏わる物語です。著者は自身の触角を用いて性の根源を詳らかにします。

陰茎は確かに欲望で硬直する反面、触角として相手の胎内を探る精神的器官として作用する側面が
強く、私は性の現場で醒めきった眼にすぎない
~という主人公の考察に端を発し、物語は性と聖を駆け巡る。

やがて美和は鎮まった。窮めつくして、虚脱した。眼から涙が伝い落ちている。
銀色の涙の痕は、蛞蝓の這い伝った痕跡にちかい。♀は蛞蝓である。涙を流す蛞蝓である。
そして♀が蛞蝓を全うするときに流すそれは感応の涙であり、官能の涙である。
私はそれを美和に伝えることができたことに心底からの満足を覚えていた。
つまり私という♂は眼なのである。眼にすぎないのである。


やがて、不埒な思索は、ある種の高みに到達します。

弱者に対する微笑みは、人類最大にして最悪の原罪である。それは断言することができる。
しかし、いまでは、なにも感じない。原罪とは、もともと持っている罪であるからこそ原罪であり、
宿罪であるので、原罪を咎めるほうが、愚かであることに気づいたのである。


どうですか、皆様。官能小説だからと言って、もうコソコソと隠れてページを捲る必要はありませんよ。
堂々と『ツァラトゥストラ』や『神曲』の間に並べてやりましょう。本当に凄い作品なので・・・。

花村萬月 / ♂♀

テーマ : 小説
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眠れぬ夜に可憐な歌声を



ベニー・シングス・マジックを身にまとったアムステルダムの才媛、ジョヴァンカさんの2枚目。
もうこの人に関しては、多弁は無用ですよね。甘美な陶酔に浸れる歌声に、聴き惚れるのみです。
questaoさんの「最強のポップス強度を誇ります」という言葉以外に、付け加えるものはありません。
瑞々しく躍動的なサウンドを手掛けたベニー・シングスの手腕も、無論のこと冴え渡っています。
曲によっては、フュージョン系のデトロイト・テクノを髣髴させる瞬間なんてのもあって、耳に刺激的です。
眠れぬ夜に枕元に常備したい1枚、つまり『まだ寝ません』年間ベスト確定の作品なのであります。
都会の夜は、婀娜っぽい歌声と混ざり合い、静かにほどけていくのです・・・。嗚呼、素晴らしい。

GIOVANCA / WHILE I'M AWAKE

テーマ : 音楽
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ごめんですんだら警察いらん!



小学校低学年くらいのとき、近所のスーパー・マーケットのトイレで用を足していたら、
不意に背後から見知らぬオヤジに覆い被さられ、細作りのちんちんを鷲掴みにされたことがある。
恐怖と驚きでパニック状態に陥りながらも、何とか身を捩って変態オヤジの腕から逃れた。
そのままパンツにちんちんを仕舞い込むのも忘れて逃げ帰ったのだが、自宅に着いた頃には、
涙とおしっこで、顔も局部もビショビショに濡れていた。あの日の屈辱を、僕は生涯忘れないだろう。
それから暫くの間、重度の勃起障害を患ったのだから、尚更だ。よく立ち直れたもんだよ、我ながら・・・。

前置きが長くなったが、ギャスパー・ノエ監督の『アレックス』の話に移ろう。
ノエ監督と言えば『カルネ』『カノン』で、思考の移ろいを映像化することに成功した鬼才である。
肉屋のオヤジが街中を彷徨い歩きながら、不埒な妄想を弄ぶだけの映画だが、不思議と美しかった。
退屈と狂気のギリギリの境目を掬い取る感性は、見事と言うより他にない。不快なのに何度も見てしまう。

しかし『アレックス』には思索の入り込む余地はない。徹底して神の視点を貫いている。
冷徹なまでの客観的視座を採用し、主演のモニカ・ベルッチを観察する。だが、これはドキュメンタリーではない。
当然のことながらフィクションである。そこにむしろ監督の冷気を感じた。不快だし、もう二度と見たくない。

美しい女性が、惨たらしい惨劇に遭う。この世から殲滅するべきレイプという卑劣な行為の対称に。
それを時間の逆再生で見せる。つまり地獄から、幸せなひと時までを、遡る訳だ。この手法にも憎しみを覚える。
僕たちは冒頭に地獄を見ている。ささやかな幸福も、すべて惨劇に帰着することを予め知らされているのだから。
ノエ監督は『カルネ』『カノン』に貫かれていた美学を放棄したように思う。本作は憎まれてしかるべき映画だ。
けれど、監督は撮った。いや、撮らざるを得なかったと言うべきだろうか。観客を現実に突き返すために。
映画『アレックス』は、真実を伝えるべくして創られたノエ監督の「大嘘」である。
そして、幼少期の僕が遭遇したオヤジは、誰かの嘘から出たまことなのだ。
奴らの薄ら笑いは、紛れもなく現実なのだ。

ギャスパー・ノエ監督/ アレックス

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テクノ・フェティッシュ進化論

henrik2.jpg

いま世界で最も上質なテクノ・サウンドを作り続けている才人と言えば、ヘンリク・シュワルツさんでしょう。
南ドイツ出身、現在はベルリンを拠点に活動するミュージシャン兼DJです。
ヴァイナルを中心に、ディープな自作曲をリリースしていますが、手っ取り早く彼の才能の片鱗に触れるには、
こちらの2枚のCDが最適ですね。あまりに独創的なDJミックスとライブ音源が堪能できます。

K7の名物シリーズ『DJ-KICKS』で驚きなのが、選曲の幅広さ。ありとあらゆるジャンルを横断しながら、
独自の世界観を描いてきます。ムーンドッグ、ジェイムス・ブラウン、ファラオ・サンダース、アーサー・ラッセル、
ダグ・ハモンドやマーヴィン・ゲイさえも、彼の手に掛かれば、見事なまでにテクノ色に染め上げられるのです。
既存の楽曲を解体し、ある側面のみをビルドアップさせ、まったく別の曲として生まれ変わらせる。
更にそれらをミックスすることで、誰も聴いたことがないようなサウンド・ストーリーを紡いでいく訳です。
まさに職人技と呼ぶに相応しい音芸、「テクノなんてガキの音楽」だと思っている方にこそ聴いていただきたい。

その世界観を更に発展させた『LIVE』では、前後不覚に陥りそうなほどにドープな音が降り注ぎます。
それはまるで密林のファンク・サウンド、漆黒のトライバル・テクノ、うーん、かっこよすぎるでしょ!
ムーディーマンやヴィラロボスと肩を並べる存在であることに、疑いの余地はありません。
僕はこの人こそが、ラリー・ハードの意志を継ぐ、正統な後継者であるとすら思っています。

HENRIK SCHWARZ / DJ-KICKS
HENRIK SCHWARZ / LIVE

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素顔のままで・ビギンズ



アラブ歌謡界の大ベテラン、サミーラ・サイードさんの33枚目。
リリース当時から各界で絶賛されていた作品ですが、僕的には、どうもしっくりきませんでした。
あまりにバラエティに富んだ曲想ゆえに、どこに的を絞って向かい合うべきなのかが、分からなかったんです。
しかし繰り返し聴き込んでいるうちに、こりゃとんでもないポテンシャルを秘めた傑作だなと、思い直しました。

彼女には定まったスタイルがない。そこに当初は戸惑いを隠せなかった訳ですが、それは彼女が舞台女優に
徹しているからなんですね。彼女の目的は「歌」を聴かせることであって、その為ならば、如何なる状況でも
役に入り込んで結果を残す。アル・ジールであろうが、ベルベル風リズムであろうが、欧米風バラードであろうが、
最高の歌唱力をもって、観客を魅了する。そんな彼女の「歌手」としての在りかたに、改めて感銘を受けました。
それは媚ではない。むしろ、サミーラ・サイードという無二のシンガーのコアなんでしょうね。

最後はライターの相倉久人さんの評に譲りますが、サミーラの音楽は「その音楽に詳しくない人間の前に
立ちはだかる壁を低めると同時に、その音楽との距離を逆に意識させてくれる」ということになりますね。
だからこそ、素顔のままでいて欲しかった。整形なんて必要ない。貴女のその素晴らしい歌声があれば・・・。

SAMIRA SAEED / AYAAM HAYATI

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

バオバブの種子はオリエントに舞う



血眼になってクルアーンを読み込んでいたつもりが、実のところ中身はヴェーダ聖典だった・・・。
・・・と、思いきや、更に読み進んでいくと、それは大パリニッパーナ経であることに気づく・・・みたいな(笑)。

元オーケストラ・バオバブのメンバー、チョーン・セックの『オリヤンティシム』を再生すると、
天使ジブリールやら、雷神インドラやら、お釈迦様やらが、仲良く手を取り合って踊りだすのです。
ウードを爪弾き、ヴィーナやタンブーラを奏でる、いにしえの神々。まるでパーティ・イン・ザ・ニルヴァーナ。
ブッダが涅槃に入る際、天から器楽と合奏が奏でられたという言い伝えがありますが、
ブッダの身体に降りかかった音楽とは、このようなものだったのではないでしょうか(適当です)?
広い広い地球を、遥か上空から愛でる、あまりにスケールの大きな音楽。時間を忘れて聴き入ってしまいます。
正直に申し上げまして、バオバブ本体よりも好きな作品なのであります。チョーン・チョーン・セック・セック。

THIONE SECK / ORIENTISSIME

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夏祭浪花鑑 ver. 平成中村座



開場と同時に、だんじりビートに飲み込まれ、町人たちのざわめきが、鼓膜を擦り抜けていく。
そう、祭りの始まりである。文楽でお馴染み『夏祭浪花鑑』の平成中村座ヴァージョンの開幕だ。

巧みなカット・アップと娯楽に徹した演出で、文楽とは一味違う、祭りの妙味を楽しませてくれる。
文楽の人形たちが軽々と人間を超越していたのに比して、人間は人間ならではの弱さを見せてくれる。
完璧に計算されたスキがあり、そこから零れ落ちる情がある。それが、今回の祭りの醍醐味である。
そして、ラストの凄まじいまでの昂揚感は、筆舌に尽くしがたい。見せ場たっぷりの大立ち回りを経たあと、
不意に小屋の壁が取り払われることで、団七と徳兵衛の「その先」が提示されるのだ。見えないのに見える城。
その瞬間、僕は言葉にならない咆哮を上げ、隣では妻が号泣し、友人の指輪は真っ二つに割れた(本当に!)。
このカタルシスは、終局に至るまでに垣間見た、女たちの深すぎる愛があってのことに違いない。

確かにこれは、純粋な歌舞伎ではいのかもしれない。「まるでサーカスのようだ」との批判もあるらしい。
だけど、伝統をアップデートする手法としては、最良のものを見させてもらったように僕は思う。
勘三郎さんは、敷居が高くなりすぎた藝術を、いま一度、大衆のもとに返還しようとしているかのようだ。
敷居を高めるのではなく、裾野を広げるために、全身全霊をかけて戦いに挑んでいるように思えてならない。
それは、善悪という単純な二元論を超えて、直接、心に打ち込まれるカウンター・ブローのようなものである。

最後になったが、当日券を獲得する為、眼前に聳える大阪城と対峙し、ひとりきりで3時間も並んでくれた友人、
そして、イヤホン・ガイドという大役を見事にやり遂げた友人に、最大級の感謝と敬意を。いつもありがとう。

テーマ : art・芸術・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

方丈庵のアヴァン・ポップ・マエストロ

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ゴッホやニーチェが絵画や文学に於ける不遇王だとしたら、アーサー・ラッセルは音楽のそれでしょう。
70~80年代に才気迸る楽曲の数々を産み落としていながらも、正等に評価されたのは00年代以降。
デヴィッド・トゥープ曰く「成功だけはいつでも彼の腕をすり抜けていった」ということになるそうです。
何を以って「成功」と言うのかによって、話がややこしくなる問題ではありますが・・・。
確実なのは、彼がエイズで他界した92年以降、ようやく世界がラッセルに追いついたってことですね。
過去音源が続々と再発されるなか、今回の2枚は、僕が特に気に入っている作品です。

すんごい絵柄の入ったチェロを手に佇む『コーリング・アウト・オブ・コンテクスト』は、シンプルな音と歌が
ノスタルジックに溶け合うエレクトロ・ポップ。そして彼のキャリアの中でも最大の問題作と言われている
『ワールド・オブ・エコー』では、前衛詩人のインナー・ヴィジョンが静かに揺曳しています。
ラッセル自身のチェロ演奏と簡素な歌だけで構成された本作には、半ば神秘的なまでの叙情性が滲んでいます。
ラッセルはあらゆるミニマリズムを愛したと言います。ディスコやアフリカ音楽に於けるミニマリズム。
更には水流や、風や、静寂の奏でるミニマリズムとも戯れたのだと。その成果は、如実に現れています。

もしかして、アーサー・ラッセルとは、鴨長明の生まれ変わりなのではないでしょうか?
鴨長明は小川の近くに庵を結び、水流の音を音楽として受け取りながら、そこに自らの琵琶の音を重ねて
楽しんでいたとの記述が残っています。あらゆる感覚が鈍磨しつつある僕たち現代人は、多くのことを
先達から学ぶ必要がありそうですね。彼らは、そんなのお構いなしに楽しんでいるだけなんでしょうけども。

ARTHUR RUSSELL / CALLING OUT OF CONTEXT
ARTHUR RUSSELL / WORLD OF ECHO

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My Bike, My Life

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スポ根、いや、チャリンコ映画の金字塔を2本。

『トップランナー』は世界最速男として名高い、グレアム・オブリーの実話を描いた傑作。
うつ病と闘いながら、アワーレコードの記録を樹立するまでの苦悩と栄光の日々。
洗濯機や子供用自転車を解体して、常識破りのチャリンコを創り上げる工程にグッときます。
そしてオブリー・ポジションと呼ばれるレース時の変態的な姿勢には、ある種のヒーロー像を想起します。
こんなにケッタイなチャリンコと選手には、そうそうお目にかかれるものではないでしょう。最高です。
幼少期にいじめられっ子だったグレアムに対して「争う手段は腕力だけじゃない」という母の言葉が沁みました。

『ヤング・ゼネレーション』は、もはや説明不要、青春映画のバイブルですね。
1979年(僕、まだ生まれてねぇ)にアカデミー脚本賞も受賞しています。まぁ、賞云々よりも、内容ですね。
まぁ、内容云々って言うよりも、本作に関しては、キャラクター造詣の素晴らしさに尽きますね。特に主人公。
チャリンコと女性のことが好きで好きでタマラナイという彼には、心の底から共感を抱いてしまいました(笑)。
すぐに影響を受けるところや、ヘタレなところも良いです。でも、彼の場合はやるときゃやる、できる子ですが。

どちらの映画も、生きている限りはペダルをこぎ続けるしかないのだという人生の真理を、見事に突いています。
チャリンコ屋の息子として生まれた僕にとっては、今更ながらに血が騒ぐのを抑えることができないのでした。

dahon2.jpg kuota.jpg

ダグラス・マッキノン監督 / トップ・ランナー
ピーター・イエーツ監督 / ヤングゼネレーション

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いきもの、だもの



先日、親戚の子供たちとカラオケに行きました。
6歳の長男は「おじゃる丸」などのアニソンを、元気イッパイに歌っていました。
そして、ふたりの妹たちは、感傷的なバラードを、しっとりと歌い上げていました。
なかでも、4歳の女児が歌う「YELL」には、思わず込み上げてくるものがありました。
突然、涙目になっている僕に気づいた妻は「大丈夫?」と、気遣ってくれました。
女の子たちは、お構いなしに歌い続けます。

僕らはなぜ 答えを焦って 
宛ての無い暗がりに自己(じぶん)を探すのだろう


そうだ、僕らはなぜにそんなに焦ってしまうのだろう。
敬愛するカフカも言っているじゃないか。「焦慮は罪である」と。
女の子たちは、お構いなしに歌い続けます。

ほんとうの自分を だれかの台詞(ことば)で 
繕うことに 逃れて 迷って


まったくその通りだよ。繕うために読むのか? 本当はそうじゃないだろ?
女の子たちは、お構いなしに歌い続けます。

他の誰でもない 誰にも負けない
声を 挙げて〝わたし〟を 生きていくよと


うん。それしかないよね。僕らは「自分」を生きていくしかないんだよ。
他人と比較したって、何も解決しないんだ。わかっていたことじゃないか。
女の子たちは、お構いなしに歌い続けます。

サヨナラは悲しい言葉じゃない 
それぞれの夢へと僕らを繋ぐ YELL


とうとう僕は、彼女たちを抱きしめました。精一杯に生きろよ、楽しめよ!
後日、本家の「YELL」をYoutubeで聴きなおしてみましたが、それほど響いてはきませんでした。
やはり、歌は「いきもの」なんやなぁ、と改めて思い直した次第であります。ありがとう、子供たち。

いきものがかり / YELL

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じゃじゃ丸、ピッコロの次の奴



ドラッグとか売春が横行するゲットーを舞台に、過剰にグラマラスなアフロ・ビューティが銃を手に取り、
どこからどう見ても悪人といった風体のワルモノたちを、無意味におっぱいをポロリポロリさせながら、
次から次へとやっつけていくなか、ロイ・エアーズの甘ったるいジャズ・ファンク・サウンドが全編に渡って、
ネチっこく絡まり付いてくる・・・・・・そういう類いの映画が苦手な方は、絶対に見ちゃダメですよー(警告)!

僕はこの手の映画が好物なので、何度でも楽しめるのですが、妻はいつでも失笑していますから(笑)。
ここまで開けっ広げにポロリされたら、それはもうエロスではなく、スポーティという印象さえありますね。
だから何やねん?という感じではありますが・・・。すみません、もう寝ます。寝返り打って、またポロリ

ジャック・ヒル監督 / コフィ

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ストリングスの織り成す夜に



マレイシアのヴァイオリン奏者にして作曲家、ハムザ・ドルマットさんの復刻CD。
前回のロマ・イラマ同様、プランテーション主催、秋の味覚狩りにて収穫した一枚です。

アジアの棚をせっせと物色していたとき、凛々しい表情をしたアジア人男性と視線が重なり、
瞬時にして「おー、ハムザくん、ブリヒサ!」と互いに肩を抱き合う・・・ようなことは無論なく、
「ブガダーン」で身体を揺らしている丸橋店長に向かって「この人、誰っすか?」と尋ねた次第。
そこで店長から「マレイシアの偉大なヴァイオリン奏者、ハムザ・ドルマットですよ」との回答を得て、
ようやく「あー、はい、はい、はい。あのハムザさんねぇ」と合点がいく・・・こともなく、例によって、
「聴かせてもらっていいすか?」という、お約束の展開に雪崩れ込んだって訳ですね。ははは。

そして、スピーカーから流れてきた美しすぎる旋律に、胸がギュ-っと締め付けられたんです。
店長を前にしていなかったら、涙を零していたかもしれません。ハムザさんの澄んだ瞳に納得です。
アルバムにはアスリ、ジョゲット、ザッピンといった伝統曲が並び、それらすべての局面に於いて、
ヴァイオリンやアコーディオンが哀愁を奏でます。滋味に富む、名演奏。きっと稲垣足穂も泣くでしょう。
ジョゲットやザッピンをインストゥルメンタルで演奏する連中と言えば、シンガポールのスリ・マハリガルを
思い出しましたが、ハムザ・ドルマットさんのそれは、より卓越したテクニックと洗練を兼ね備えています。
しかも、ただ美しいというだけでなく、そこにしっかりと大衆味が滲んでいる訳ですから、たまりませんねぇ。
という訳で、今回も、大変に実りのあるプランテーション収穫祭でありました。チャンチャン。

Hamzah Dolmat / SENANDUNG MELAYU

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ダンドゥットの深まりの中へ

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僕はプランテーションというレコード屋が好きだ。そして、丸橋店長の人柄に好意を抱いている。
さすがに抱かれても良いとは思わないが、本当に尊敬している。たとえ入荷連絡を忘れられようとも(笑)。
店内と店長がまとう、ある種のユルさ。それはそのままアジア音楽の真髄を体現しているとも言える。
あの感覚は、ちょっと他のレコ屋では味わえない。それゆえに、ついつい時間を忘れて長居してしまうのだ。

で、そんな店長が腰をぐねんぐねん揺らしながら、妖しいメロディを口ずさんでおられるではないか。
バックには打楽器クンダンや竹笛スリンやエレクトリック・マンドリンが織り成す濃密なサウンドが流れている。
そう、それはRHOMA IRAMA全盛期の楽曲「ブガダーン」に「サンタイ」だった訳である。
丸橋店長はこの「サンタイ」をリアルタイムで聴き、ダンドゥットの深みにハマるきっかけになったのだとか。
未だにカバーしたいほど好きだと仰っていたよ。もちろん僕は初めて聴いた。そして、一発で虜になった。

シャレオツにキメキメなんだけど、股間のファスナー全開みたいなキワドイ世界観。何とも泥臭い音楽だこと。
妖艶に迫るELVI SUKAESIH嬢、しっとりとした情感を滲ませるRITA SUGIARTO嬢の歌唱も素晴らしい。
羨ましすぎるぜ、RHOMAさんよ。両手に花じゃないか!まさかIRAMAチオを強要してはいないだろうな!
まぁ、そんなこんなで、続きはレコ・オヤジさん、どうかよろしくお願い致します(笑)。

OM.SONETA & RHOMA IRAMA / BEGADANG,PENASARN
OM.SONETA & RHOMA IRAMA / SANTAI,HAK AZASI

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切りとれ、あの祈る手を



書架に並んだ鮮烈の赤を、あなた方は見逃してはおられまいか?

生涯を賭けて聖書と向き合い、ドイツ語の基礎を築いたマルティン・ルター。
天使ジブリールの言葉を、読み読んで読み続け、そして書いた文盲の孤児ムハンマド。
現代のデータベースの根幹を成す中世解釈者革命。

それらはすべて言葉の真髄を貫いている。言葉と文学にまつわる革命。そこから現在に至る永遠。
ルターやムハンマドやニーチェやドストエフスキーの成し遂げた夜戦と永遠。孤独と孤独の狭間で。
彼らが真摯に言葉を紡ぎ、それらを読む者の脳裏に爪あとを残し、世紀を超えて、また言葉と成る。
彼らの革命の、突端に、極東に、本書の著者は佇み、語る。その言葉は、ふたたび歯車を回転させる。
言葉は、文学は、もう一度、世界を揺るがすに違いない。本書は書店に仕掛けられた時限爆弾である。
著者は言う。取りて読め、読んで読み、読み、また読んで、筆を執れ。そして、情報と暴力に別れを告げよう。
いま、血は流れた。流れた。流れた。血は。鮮烈の赤は。

佐々木 中 / 切りとれ、あの祈る手を

テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

エクスペリメンタル・ラヴ・シック



愛人との底なしの逢引を重ねるごとに、妻への敬虔な思いを募らせる愚直な男。
蠅、狼、猫といった神の化身(と思い込んでいる)に脅えるあまりに、妻への配慮を欠く国王。
己の不在時に身ごもった、愛する女への純真を最後まで貫き通す、悲しきチェリー・ボーイ。

三者三様、それぞれの主人公の身に起きた出来事を淡々と描く、名作中の名作ですね。
それにしても、けったいな物語ですな。「なんでそ~なるの?」と突っ込みを入れたくなること必至です。
しかし「なんでそ~なるの?」と思いつつも、そう書かれたからには、そう受け取るしかないですからねぇ。
現代思想家の佐々木中さんが仰るように、そもそも他人の書いた物語なんて、読める筈がないのでしょう。
自分が理解できる範囲の解釈で折り合いをつけて、分かったような気になって、批評するのが関の山。
本書に関しては、ムージルが何を考えているのか、僕にはさっぱり分かりません。
同時に、分からないってことは、なんて贅沢なことなんだろうとも思ってしまいます。
こういう物語と何度も向き合うことで、僕たちは日常に潜む「何か」の片鱗を見つけるのかもしれませんね。
それは、ときに手痛いしっぺ返しを喰らうことにもなりかねないのですが・・・。

自分を映すことのできる他人が身近にいなければ、
自分自身のことなぞ、実にわずかしか分からないものなのだ。
 (本文より抜粋)

ムージル / 三人の女・黒つぐみ

テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

素顔のままで・リターンズ



今回は米国の妖しいマスクマン、MFドゥームを召喚しましょう。
数々のコラボ・アルバムや客演で知られる彼ですが、ベストワークはこちらのインスト・ソロでしょう。
キャリア中もっともラフに作られた感のある『スペシャル・ハーブス』シリーズの中毒性ったら、危険。

往年のソウル、ジャズ、ファンク、ブルースなんかが、イリーガルな薬草学として流用されるのです。
そう、これはスモーカーによるスモーカーの為のサンプリング・コラージュ集ということになります。
ぶつ切りにされた素材の旨味成分のみを抽出し、貼り付け、ひたすらにループさせ、煙を燻らせています。
タイトルにウソ偽りなしの仕上がりですが、煙草の1本すら吸えない僕にとっても、魅力的に響くから不思議です。
きっと田代M氏や押尾M氏やNピーは、本作を聴いて、禁断の世界にズブズブと足を踏み入れていったのでしょう。
と、言うことで、こちらのトリップ・アートの取り扱いは、自己責任でお願い致します(笑)。

METAL FINGERS / SPECIAL HERBS vol.2

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

素顔のままで

paradise.jpg

鳥居を抜ける。前から人が押し寄せる。人、人、人。どんどん押し寄せる。
みな一様におまえを指差して笑っている。ケラケラ。
なぜならおまえはおまえであって、おまえではない。自己を失う。
おまえは被っている。面を。その滑稽な火男の面を。ケラケラ。
                     
エルモ著 『BLOOD ON THE MASK』より

はい、と言うことでナイジェリアのマスクマン、ラバジャの『Sharp-Sharp』と『Paradise』です。
この手のキャラクターには、無条件で反応してしまいます。URのマッド・マイクやMFドゥーム然り、ですね。
ボクサーならパーネル・ウィテカーやナジーム・ハメドがそうですが、連中のトリッキーな佇まいが素敵です。
まるで漫画の世界からそのまま飛び出してきたような風貌やファイト・スタイルに、僕の幼児性が鷲掴みされます。
肝心の作品についてですが、ラバジャに関しては、やっている音楽性も漫画みたいです(笑)。
ヨルバのドゥンドゥン・ミュージックなるものをアフロ・ジャズ化したサウンドを基調としているらしいのですが、
そこからの飛躍が自由すぎます。アフロビートはもちろんのこと、ハイライフやジュジュ、フジやアパラ、そして
衝撃のサルサを披露したかと思えば、ヘタクソなラップまで飛び出す始末。リスナーをズッコケさせたまま、
容易に立ち上がらせてはくれません。濃密なパーカッション・アンサンブルを聴かせつつ、淑女も濡れるであろう
18禁のバラードを真剣に奏でたりもするんですから、そりゃもう、しっちゃかめっちゃかで、最高ですよ。

ころんさんが「歌手はアーティストではなく、芸人である」という名言を残しておられますが、
ラバジャこそが音楽界のR-1グランプリ王者に相応しい男だと、僕は思います。本当に最高、大好きです。

↓マスクマン三連打(左からLágbájá! 、DOOM、MADMIKE)
Lagbaja!.jpg doom.jpg mike.jpg

Lágbájá! / Sharp-Sharp
Lágbájá! / Paradise

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

アフリカの強度



先日、作品の持つ「強度」について、questaoさんと密かに熱く語らいました(ブログ上で)。
小手先のテクニックばかりが持て囃される現代に於いて、作品の「強度」とは何か?
たった一行の言葉で、たった一本の線で、人々を打ちのめすような作品を生み出すことは可能なのか?
そんな考察を巡らせながら、民博で開催中の『エル・アナツイのアフリカ』展に行ってきました。

エル・アナツイさんはガーナ出身、ナイジェリア在住の彫刻家です。元々は木材などの天然素材で人物像や
レリーフを製作していたようなんですが、近年は空き缶のフタ等を用いてのインスタレーションを実践中なんです。

天然素材を用いるにせよ、廃材を用いるにせよ、そこにはドテッと生々しくアフリカが寝そべる訳であります。
まぁ、結論としてはガツーンときますわね。アートだ何だとか言う以前に、イボ人たちの生活の気配がある。
ちなみにアナツイの工房には、総勢20名ほどの助手が居るらしいのですが、彼らは好きな時間にふらりと訪れ、
オンボロ・ラジオから流れるジュジュやハイライフを聴きながら、廃材を潰し、縫い合わせ、疲れたらまた各自
適当に帰っていくんです。そんな彼らには美術作品の創造に携わっているという意識は微塵もないんですって!
ただの暇つぶし、若しくは小遣い稼ぎに過ぎないんですって! まったくもって素晴らしいじゃないですか!
こういう現場から「強度」のある作品が生まれてくるんやなぁ、と感慨に浸りきりですよ。
本物の宗教家が、誰一人として自分のことを宗教家だとは思っていないのと、同じかもしれませんね。
まずは意識を捨てる。そこから始める必要がありそうです。

12月7日(水)まで国立民族学博物館で開催中なので、近隣にお住まいの方は是非。

テーマ : art・芸術・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

途絶えた未来



いやいやいや、前2回の記事は些か下ネタに偏執し過ぎましたね。
不快な想いをされた方もいらっしゃるかと思いますので、深くお詫び申し上げます。
それにしても、妻から口酸っぱく「下ネタに逃げないで」と釘を刺されているにも拘わらず、我ながら
懲りない男です(笑)。音の副作用とは恐ろしいものですよ、本当に。一言だけ言い訳させていただくと、
ツイッターの登場によって、誰でも簡単に情報や感想なんかを呟ける今だからこそ、ある程度ブログは、
エンターテイメントとして提供したいのですよ。まぁ、それと下ネタ表現とは全くの別問題ですが(笑)。
・・・なんていう騙し騙しの自己弁護を弄したところで、本題に入っていきましょうか。

いつも抜群のセンスで音楽や映画を紹介しておられるAstralさんが、Brandyの『FULL MOON』を取り上げて
おられたのに過剰反応した僕が、ならばこれだ、と棚から引っ張り出したのがアリーヤさんの遺作。
『FULL MOON』はロドニー・ジャーキンスの才気が迸っていますが、こちらはティンバランドの手腕が光ります。
それこそ黒人音楽に於ける未来志向って、サン・ラやパーラメントの時代から存在するとは思うのですが、
彼らの音が意外とルーツに忠実なのに対して、この当時のティンバの音は、完全に過去を断ち切っています。
象徴的なのがラストに収録された「トライ・アゲイン」でしょう。何なんすか、これ?どこがR&Bなんすか?

バロックとラーガが共生しているかのようなトラックの上で、強烈なブリープ・サウンドが蠢いています。
何なんすか、これ?アシッドハウスの突然変異ってやつっすか?いや、これぞブラック・フューチャリズム!
こんなに訳のわからんトラックをバックに、スキのないヴォーカルを披露するアリーヤも本当に素晴らしい。
しかし、本作のリリースから僅か2ヶ月後に、アリーヤは飛行機事故で他界。未来は途絶えてしまいました(泣)。

AALIYAH / Aaliyah

テーマ : 音楽
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地獄八景亡者戯



「パパ、今日は一緒に公園に行こうよ」
「ダメよ。パパはお仕事が忙しいんだから」
そんな妻子の言葉を尻目に、私が向かった先は「地獄」である。会員制SMクラブ『ヘルズ・キッチン』。

いま私は生まれたままの姿で、柱に縄で縛り付けられている。眼前には、熱湯の煮え滾る地獄の釜。
贅肉の付き始めた、だらしのない肉体に、縄がきつく食い込む。痛苦を伴う快感に、私は身悶える。
「さて、お仕置きの時間だよ。今日のお前の罪は何だ?」
暗闇の向こうから、閻魔女王さまのありがたいお言葉が聞こえてきた。緊縛の身を捩りながら、私は答える。
「私は罪人を罰する正義の神を憎んでいます」
「なぜだ?」
「神は我々の罪など、すべてお見通しです。それなのに我々に懺悔を強いる」
「だからどうした?」
「如何に懺悔を繰り返そうとも、決して帳消しにはならない罪もあるのです」
「つまりは、どういうことだ?」
「つまり、神は絶対に我々を許しはしません。最終的には地獄に突き落とそうと目論んでいるのです」
「ははは、よく分かっているじゃないか、ブタ野郎」
ブタ野郎・・・その言葉に、無条件に反応する私の下腹部。閻魔女王さまが見逃す筈もない。
「感じてんじゃないよ!」
そう言って、地獄の釜から掬った熱湯を、私の穏やかならざる局部に浴びせかける。
「ひぃぃぃぃ・・・、え、閻魔さま、女王様・・・もっと・・・」
亀頭包皮が、焦熱の赤に染まる。気づくと閻魔女王さまの美しい容姿が、すぐ間近に迫っていた。
「お前は嘘をつく人間か?」
「はい。その通りであります。今日も妻子には仕事だと言って家をでてきました」
「ふん、最低な野郎だな。嘘をつく人間に対して、地獄ではどんな仕置きが待っているか、知っているな?」
私が「はい」と答えるよりも先に、閻魔女王さまの舌が、にゅるりと口中に侵入・・・したかと思った矢先、
舌先に鋭い痛みを感じ、思わず「ウッ」と呻き声を洩らしてしまう。閻魔女王さまが、私の舌に歯を立てたのだ。
瞬く間に底なしの快楽へと堕ちていく私の先端から、白濁が滴る。神よ、ここは地獄か、それとも天国なのか?

・・・なんていう妄想が脳内を駆け巡ること必至!
昨年1年間で12ヶ月連続リリースされたマンスリー・ヘアスタイリスティックスからの第2弾です。
なんと言ってもタイトル曲が凄まじい。抑制されたドローンが永遠40分間持続する中に、
断続的な変態プレイがコラージュのように張り巡らされていきます。
そんな音の連なりは、まるでヴィラロボスmeetsバーニング・スター・コア。或いは、地獄のソープ・ランド。
うーん、それにしても不健全な音だこと(笑)!

ヘア・スタイリスティックス / GRACIA LA VIVA

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私の中の異なる私



ここまでの記憶はない。人生に致命的欠陥を自覚した瞬間から、いとも容易く自暴自棄に陥った。
あとは呑んだ。呑んで呑んで、ひたすらに呑み続けた。もはや記憶など、曖昧な過去の残滓に過ぎない。
気づいた時には、ホテルの一室にいて、いまもなお、そこにいる。部屋そのものに馴染みなどない。
そもそも、ここがどういった類いのホテルであり、どのような経緯を経て、チェックインしたのか?
それすらも判然としない。頭は鉛のように重く、内臓器官全般にぬかるむような鈍痛が走る。四肢の感覚はない。
枕元からは、鼻腔を突く異臭。翳む視界の片隅で明滅を繰り返す蛍光灯。だが、私はここで、孤独ではない。
それをいま知る。いま知るに至る。私の隣では、半裸の女が然も心地良さ気に寝息を立てていた。
当然のように、女に対しても思い当たる節がない。知らない。知る由もない。そんな女と寝床を共にしている。
混濁する意識に三行半を突きつけられたまま、私は女を観察するに至る。至るには、視野も不明瞭であるが。
欲望を煽り立てる目的が見え隠れする黒い下着に、量感たっぷりの乳房がふてぶてしく横たわっている。
その肉厚の谷間には、微かに汗が滲んでいた。産毛がそそり立つような感覚に囚われる私の中の私。
自制心など泡沫の如し。私は下着を引き裂いて、たわわな果実を解放してやりたい衝動に全身を貫かれた。
だが、衝動はすんでのところで回避される。何故ならば、視界の片隅にあるものを捉えたからである。
美しい女のフェイスラインに沿って、薄っすらと髭のようなものが生えていたのだ。眩暈がした。
途端に激しい嘔気が込み上げ、股の間を何かが伝う気配を、自覚する。ふたたび薄れゆく意識の中で。
次の瞬間、寝返りを打った女を横目に、私は森羅万象に呪詛を洩らす。殺してください死ぬまでに、と。

・・・なんていう妄想が脳内を駆け巡ること必至! 95年リリースのジャパニーズ・カルト・クラシックです。
ダブを主体にエキゾやダウンビート、ハウスなどがドロドロにミックスされたサウンドからは、薄汚れた灰色
の空が垣間見えます。本質が完全に抜け落ちた偽りの音塊に、平衡感覚を失いますね。
どこまでもクリシェに寄り添いつつ、悪夢のようなオリジナルに到達するといった感じでしょうか?
男に抱かれているような居心地の悪さと、得体の知れない快楽とが同時に押し寄せる禍々しいドープ・シット。
いやぁ、それにしても不健全な音だこと(笑)!

KING OF OPUS / Revised

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プロフィール

繁盛亭アルバイテン

Author:繁盛亭アルバイテン
ヒッピー・ボヘミアンな生活に憧憬を抱く浪速のポンコツ。
物心ついたときから寝つきが悪い。

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