スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ベトナム流トーチ・ソング



こちらは妻がプランテーションにて購入した、とても美しいベトナム歌謡です。
流麗なストリングスと各種弦楽器によって編み上げられたバックの演奏は繊細を極めています。
映像喚起力に富んでいて、瞳を閉じれば、瞼の裏に人生の悲喜交々が浮かび上がってくる。
でも、それだけではありません。特筆すべきはフォン・タイン嬢の声。

聴く者すべてに悲哀の念を抱かせるかのような、切迫感溢れる歌唱。滲む情念。
その底の見えない奥深さは、米国のSSWメロディ・ガルドーに勝るとも劣りません。
フォン嬢に比べたら、同じベトナム人歌手のフン・タンなんて淡白に思えてきますね。

仄かに灯りの燈った桜の木の下で、不意にこんな歌声を聴かされたならば、
きっと誰だって死にたくなるでしょう。そう考えると、歌と言うのは残酷なものですね。

ちなみにプロデュースを手がけているのは、ベトナムではその名を知らぬ者はないと言われる
チン・コン・ソンなるオッサン。そのあたりの知識はまったく持ち合わせていない自分ですが、
名前の響きには、妙に惹かれるものがあります(笑)。

*追記です。
 bunboniさんのご教示により、チン・コン・ソンは既にお亡くなりになられていることが判明しました。
 なので、チン・コン・ソンのプロデュースではなく作品集ということになります。すみません!!!!

PHUONG THANH / THUONG MOT NGUOI
スポンサーサイト

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

ハドソン医師の異常な愛情



寿司屋で「大将、おまかせ」と言えば、旬の食材を取り入れた最高のネタを提供してくれる。
同じようにジャマイカのレコ屋で「大将、この店で最もぶっ飛んだヤツを」と言えば、
恐らくキース・ハドソンの74年作が手渡されるであろう。

サウンドシステムに取り憑かれた元歯科医ハドソン。
一度でもダブの魔力に嵌まり込んだ人ならば、彼の「ピック・ア・ダブ」は体験済みでしょう。
極限まで音数を削ぎ落としたハドソンのソリッドなダブは、ワンルームの部屋でひとり寂しく
膝を抱えて聴くには、あまりに危険な音楽だった。下手すりゃ、戻ってこれなくなる(笑)。

それはこちらの作品も同じで、1曲目「HUNTING」で吹かれるオーガスタス・パブロの
怪しいハーモニカによって、我々リスナーは冥境へと誘われる。
と言うか、これはもはやレゲエですらない。ダブでもない。何なんだ、こいつは!?
本作からレゲエの定義を見い出すのは困難であるが、だからと言って他に指すべき用語が見当たらない。
検診台に乗せられたクランケよろしく、ただただ身を任せるしかない。
あとは医師がどうにかしてくれるさ。治療が終わる頃には、きっと何かが変わっているだろう。

KEITH HUDSON / FLESH OF MY SKIN BLOOD OF MY BLOOD

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

チロロ、地球を叩け!



ここは、ハイチ。精霊ロアの加護にある、聖なる地。
鬱蒼と生い茂る木々の間を、まだ幼い少年が裸足で駆け抜ける。
気儘に鼻歌を口ずさみ、大地を蹴る。
テンテケテケテンテン♪
テンテケテケテンテン♪
バナナの木に触れ、枝を揺らし、葉を鳴らした。
その足音は案山子を知っている。
タンタカタンタンタン♪
タンタカタンタンタン♪
掌に触れるすべてから、少年は声を聞き出した。
風は笑い、木が歌う♪
ツタタタツタタタツンタタ♪
ツタタタツタタタツンタタ♪
貪るように音を求める少年の手は、林を奏でた。胎動するリズムの洪水。
そのまま彼らは海岸を目指す。
マンマンマンママママママ♪
マンマンマンママママママ♪
清涼な皮膚のように柔らかな海。足裏を刺激する熱く焼けた砂。
そのまま海に飛び込む少年。
ひょっこり顔を覗かせ海面を叩くと、たちまち周囲の水たちが騒ぎ始める。
その時、遥か遠方の水平線が、大きく膨らんだ。

Tiroro / The Haitian Drummer

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

黒人音楽の真髄



ミャンマーのソーサーダトンの記事で引き合いに出したフライング・ロータス。
こちらはこちらでずば抜けて素晴らしい作品なので、改めてレコメンドします。

コルトレーン一族の末裔が放つ狂気に満ちた音を初めて聴いたとき、
その得体の知れなさに驚愕し、全身に鳥肌が立ったのを覚えている。
鼓膜に纏わり付くシンセ・ベースと歪んだ打点の羅列。
メロディの隙間に揺曳する怪しいエスニック趣味。
そしてこの世のものとは思えない幽玄なるヴォーカル曲。
あらゆるステレオタイプを拒絶し、逸脱する圧倒的なオリジナリティに度肝を抜かれました。

叔母アリス・コルトレーンの「ワールド・ギャラクシー」を独自解釈で更新したとも言えるが、
とにかく黒人音楽の極めて「ヤバイ」部分を抽出したようなドラッギーな展開に震える。
一億光年先に咲き誇るブラックミュージックの畸形でしょう。
こういうのを聴くと、過去音源(旧作)だけで音楽は語れないと痛感します。

FLYING LOTUS / LOS ANGELES

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

童貞・ソー・ヤングな三四郎



日本近代文学を代表する作家の中で、自分が最も夢中になれるのは夏目漱石です。
夏目漱石の小説は俳句のようであり、落語のようであり、グラフティ・アートのようでもある。

数ある名作の中でも「坊っちゃん」と「三四郎」は特にお気に入りです。
前者がキャラクター小説の古典だとしたら、後者はボーイ・ミーツ・ガール物の先駆ですよね。
三四郎が密かに心を寄せる美禰子の思わせぶりな態度に、自分も何故かハラハラ・ドキドキ。
あるいは、導入部「行きずりの女との予断を許さぬ展開」には、我を忘れてドギマギするでしょう。
寝床をともにしながらも、指一本たりとも触れようとしない三四郎に対して、女は冷笑する。
「あなたは余つ程度胸のない方ですね」
にゃははは。同じようなセリフを実際に言われたことある人、手ぇあーげて!

結局、三四郎は三四郎であって三四郎でないのです。
つまり、あらゆる「私」に代替可能な容れ物に過ぎないんですよね。
逆に一切の代替が利かないのが、本書のキーパーソンである広田先生。
驚異的な洞察力で世界の中の日本を読み解いていく広田先生こそが、漱石本人に他ならないのです。

そして広田先生は数々の名言を口にします。例えば、
「日本より頭の中の方が広いでせう。いくら日本を思つたつて贔屓の引き倒しになるばかりだ」
なんていうのは、いまの日本の政治家ごとき(失礼!)では逆立ちしても思いつかないセリフでしょう。
また「三四郎」にはストレートな教養小説としての一面だけでなく、二重言語者の葛藤という裏テーマが
通奏低音になっているのですが、このあたりについては水村美苗さんの「日本語が滅びるとき」に詳しい。

まぁ、何はともあれ、本書に倣って「Pity's akin to love」を翻訳してみましょうよ。
もちろん、愛する人と一緒に…。

夏目漱石 / 三四郎

テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

リリシストとテロリストの狭間に

matouub2.jpg

男の存在は、ある者を不安にさせ、ある者を勇気付けたという。
だが、男の存在感が増すにつれ、避けては通れない軋轢が生ずる。
やがて、男の存在は消される。1998年6月25日の出来事。
男は凶弾に倒れた。イスラム過激派組織による犯行とされているが、真相は藪の中。
そして、声だけが残った。
その声に、いま自分は耳を傾けている。

ダルブッカ、タール、ヴァイオリンの奏でる極めてシンプルなアンサンブルを従えてのマンドーラ弾き語り。
冷めた情熱とでも表現したくなる独特のコブシ使いには、力強さと脆さが同居しているかのようだ。
アルジェリア国内におけるカビール人の苦悩など知る由もないが、本質的な喜怒哀楽がこびり付いた彼の
歌声には、純粋に胸打たれる。自身のユニゾン・コーラスを用いた曲なんかは、自らの未来を予見している
ようで、背筋がゾッとする。主体を失った声だけが、政治的軋轢の狭間を揺曳するという残酷な未来を。
息を呑むほどに美しいメロディの背景には、黒い歴史の影がちらつく。
それはあるレベルに達した音楽家の宿命とも言えるのかもしれない。
ともあれ、声だけが残った。その声は国境を越えて日本に住むボンクラの耳にまで届いたのだ。
それだけは紛れもない事実である。

何とも多くの血が長年、流されたことか。それでも俺たちは自分の血の品位を落とす行為はしなかった。
心の気高さによって、誠実さと叡智によって、俺たちはアルジェリアを救い出すだろう。
欺瞞から! 欺瞞から! 欺瞞から!
「LETTRE OUVERTE AUX...」の訳詞より抜粋

LOUNES MATOUB / AU NOM DE TOUS LES MIENS
LOUNES MATOUB / LETTRE OUVERTE AUX...

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

泥んこギャルを求めて



もう時効だから白状するけど、かつては銭湯の女湯を覗くのが日課でした。
時期的には小学校の高学年から、中学一年くらいにかけて。
自宅からチャリンコで移動できる範囲の銭湯は、すべて網羅したかと思います。

親友のT君と数々の作戦を企て、そして実行したのです。
最終的に有効利用したプロジェクトは以下の3つ。

其の壱 : 瞬間の美を瞳に焼き付けろ作戦
其の弐 : 頑張れ上腕二頭筋作戦
其の参 : 湯煙登頂作戦

壱は瞬発力が命で、つまり女湯の入り口をガバっと開け放した瞬間に脱衣所の女子たちの
あられもない姿を瞳に焼き付けるというもの。そして脱兎の如く逃げ去る。
弐は男湯の脱衣所に設置されていたぶら下がり健康器具を、懸垂運動の要領で用います。
頂点に達したとき、脱衣所の女子たちのあられもない姿を堪能できるというもの。
参は肉弾戦。浴場の壁を文字通りよじ登る。相方との肩車は後頭部の違和感さえ克服すれば有効。
頂点に達したとき、浴場の女子たちのあられもない姿を堪能できるというもの。

まぁ、こんな下らないことに命を賭けて闘う生き物なのですよ、男ってやつは。
悪いのは思春期の性欲であって、自分ではない。
見えないものを見てやるんだってのはある意味、哲学的理念に基づいた勇気ある行動である。
むしろ、あの頃の自分たちの行いは賞賛に値する…訳もなく、
銭湯の大将たちに、どれだけ追い掛け回され、どやされたか分かりません。
だから罪滅ぼしの意味も込めて、高校時代には銭湯清掃のアルバイトもしました。

でも、本当は恋だったのです。
銭湯で泥んこギャルたちに巡り会いたい、という純粋な恋心。
そう、思春期の僕はスリッツに、アリ・アップに恋していた。
刺激的な出会いを求めて、僕とT君は大衆浴場に挑み続けたのです。
けれど、ついぞ願いは叶いませんでした。
僕たちの瞳に焼き付いたのは、おばあちゃんたちの裸体ばかり。払拭しがたい悪夢です。
全国のちびっこ諸君、覗きは犯罪ですよ。それに危険だ(色んな意味で)。気をつけましょう。

*例の作戦で上腕二頭筋が発育しすぎたT君は、その後、プロボクサーになりました(笑)。

THE SLITS / CUT

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

マーヴェラスボーイの憂鬱



大学を休学し、バイクでアフリカ大陸を横断した友人がいる。
敬意を込めて、彼のことをこう呼ぶ。
マーヴェラスボーイ。
帰国後、マーヴェラスボーイは独特の翳りがある口調で語ってくれた。
以下は彼の言葉を要約したものである。

実際に自分の目でアフリカを見て驚愕した。何処へ行っても目の当たりにするのは絶望的な貧困。
瞳の美しい子供たちとか、物質ではない真の豊かさ、なんてのは先進国の身勝手な幻想や。
バイクで旅をすることができるのも、たまたま俺が貨幣価値の強い国に生まれたからであって、
本来はこういう行為自体が傲慢なんや。彼らの多くが、はじめから太陽なんて存在しないという
状況で生きてる。何よりも金や物質を求めてるで。

そこで自分は、お茶を濁すかのようにCDケースに手を伸ばした。
ギネアの国営レーベル「シリフォン」に残された良質な楽曲を復刻編集したものである。
アフリカの独立と反帝国主義時代の素晴らしい音楽の物語。
付属の解説によると、セク・トゥーレ大統領の反植民地政策「オタンティシテ」を音楽で実践する、
というのが「シリフォン」のコンセプトのようだが、聴こえてくる音楽からは硬派というよりも、
軽快で溌剌とした印象を受ける。要するに「見るのとやるのじゃ全然違ぇ」ってことなんでしょうね。

マーヴェラスボーイの真摯な言葉と、ギネアの音楽が頭の中をぐるぐる駆け巡り、無知な自分は呆然と
「嗚呼、アフリカ…」と呟いたのでありました。

V.A / AUTHENTICITE, THE SYLIPHONE YEARS - GUINEA'S ORCHESTRES NATIONAUX AND FEDERAUX 1965-1980

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

私たちの「ライブテープ」



自分の目の前で祖母が息を引き取ったのは、ある年の一月やった。
愛猫のチューさんが動物病院のゲージの中で、ひとり静かに息を引き取ったのも一月・・・。
一月さん、サヨナラばっかりはいらんで。

どうしようもない悲しみを抱え込んだとき、必ず決まって夜の堤防へと向かう。
そこには絶えず静けさと騒音が混在し、そして、生き物の匂いがするから。
真っ黒な淀川の向こうには、いくつもの高層マンション。
何らかの答えや救済を求めてる訳ではなく、ただ呆然とそこの明かりを眺めて過ごす。
すると何処からともなく警官が現われて、職質を始めよるねん。
彼らがどれだけ自分の身元やポケットを詮索しても、肝心なモノは出てこない。
心や頭の中に渦巻く、あんなことや、こんなことは。
お疲れ、おまわりさん。

前野健太のドキュメント・アルバム「ライブ・テープ」は、
それぞれの「私」が世界へと溶解することを、さり気なく促す稀有な作品です。
街に孤独や悲しみはつきもので、でも本当ははそいつらが寄り添って街を作っているのかもしれません。
感想をうまく表現できませんが、本年度における最も重要な作品のひとつであることは間違いありません。
マトゥーブ・ルネスのプロテスト・ソングやタンチーニョのコミュニティ・サンバのように、
生きるという行為をそっと鼓舞してくれる、かけがえのない歌と言葉。ただそれだけのことが、胸に響く。

*気鋭のドキュメンタリー作家・松江哲明が監督した本作の映画版は、
 第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞(2009年)を受賞しました。

前野健太 / LIVE TAPE

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

御心を透かすが如く旋回せよ



速やかに自我から自由となれ。
鍛えあげられた剣の如くなれ。
悔恨のさびをすべてそぎ落として、
はがねの鏡のごとくなれ。

愛に理由はいらない。
愛だけで真実を示し、愛する者となれる。
神を告げる者の道は道理の道、
もし生きたければ、愛に死ね。
愛に死ね。もし、生きながらえたいのなら。

頭上をうずまくらせんのように、
聖なるダンスを踊る君よ、
旋回せよ、そして織り成せ、
心よ踊れ、うずまく輪となれ、
そして、炎の中でもえよ。
神はろうそくの、うずまく炎か?

人々は永遠の敷居を乗り越えて、
向こう側とこちら側をいつも行ったり、来たりしている。
ドアは開かれている。
君が目覚めていさえすれば!

                メブラーナ・ジャラールッディーン・ルーミー

MERCAN DEDE / 800

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

路上に花開いた白盤・黒盤

mutiara.jpg

著名な音楽ライター、塚原立志さんの発言をここに引用してみよう。
「日本におけるワールド・ミュージックのリスナーはプログレ系とルーツ系に大別される」。

にゃるほど。しかし自分はそのどちらでもなく、実はストリート系を自認している(笑)。
「なんじゃそりゃ」という失笑が聞こえてきそうだが、まぁ、簡単に言うとあれです。
まずワールドミュージックもクラブミュージックも一旦は路上に放り出す。
路上に放り出してしまえばどれも石ころ同然。そこに差異はない。
それから自らの鼓膜を頼りに練り歩いてみて、引っ掛かりのあるものを拾い集めるのである。
だから自分が好んで聴いているワールドミュージックは、柄の悪いBボーイやパーティピープルにも
何かしら訴えるものがあるのではないかと思うているのだけれど、すいません、買い被りです(笑)。

重要なのは、それらがヒップホップなどの要素を含んだワールドミュージックではないこと。
その類の音楽のほとんどが安易で、むしろ愚劣でさえある。
ありきたりなクリシェに手を染めずに、足裏から核心へと響いてくるものに惹かれるのだ。

そんな自分みたいなリスナーにとって、シンガポールのスリ・マハリガルという連中は打ってつけ。
いにしえのマレイ音楽をインストゥルメンタルで再現する彼ら。
やっていることは伝統音楽そのものなのに、不思議とクラブミュージックを通過した耳にも新鮮に響く。
アコーディオン、ウード、ルバーナ、ヴァイオリン、パーカッションの巧みな演奏に耳を傾けていると、
まるで豊潤な物語を堪能しているかのような贅沢な気分にさせられるのだ。
ソリッドなビート感がかっこいい1st「jati」も良いが、更に表現力が増して全体的にまろやかになった
2nd「MUTIARA」はもっと良い。3曲目の冒頭に聞こえるウードの響きで完全に持っていかれます。
猫好きにはたまらないニャンニャンな仕掛けもあって、全編飽きることなく楽しめる。
彼らは言葉を用いずとも、シンガポールの文化的衝突とその躍動感を雄弁に物語ってくれるのです。

SRI MAHLIGAI / jati
SRI MAHLIGAI / MUTIARA


テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

激烈ガールズ・トーク絵巻



電車に乗っていると、何処からともなく聞こえてくるガールズ・トーク。
声の主は、ふたりの女子高生。
何やら避妊についての激論を交わしている様子。

「ユウちゃん、ちゃんと着けてる?」
「着けてないよ」
「ええー、怖ぁ。よく平気やな」
「え、だって好きやもん」
「でも、できたらどうするん?」
「別にいいよ。産むだけやし」
「ええー、マジ?」
「うん、マジ。だって好きやもん」

兵庫県西宮神社に恵比寿さんのお参りに行ったとき、背後から迫りくるガールズ・トーク。
何やら信仰についての激論を交わしている様子。

「ところで、何の繁盛を願ってるん?」
「…男」
「え?」

ガールズ・トークというのは、サンプリングに最適なパンチラインの宝庫である。
別に聞きたくもないのに、鼓膜が完璧に占拠される。そして、
80%のガールズ・トークと20%のカー・アクションで成り立っているのが、
クエンティン・タランティーノ監督の大傑作「デス・プルーフ」だ。

これは本当に素晴らしい。
99%以上が中身のないペラペラの会話でなりたっているのだ。
役者にこんな会話をさせてしまうタランティーノって奴は、もはやギャルではないのか?
そして、手に汗握るアクションシーンには、一切CGが使われていない。
世の中が3Dに移行しようかという時代に、驚くべき試みである。
無駄な会話とスタントマンという、他の映画では脇役に過ぎない要素にこそ、光を当てる。
そんな監督の偏執狂ぶりに、涙がでそうになる。
ボロ雑巾みたいなカート・ラッセルもステキすぎる。
あれほど様式美に拘ってきた監督が、そこからスルリと逸脱してみせるのだから驚きを隠せない。
衝撃のラストに、血管ぶちぎれるほどの感動が押し寄せるのだ!!!!!

クエンティン・タランティーノ / DEATH PROOF

テーマ : 映画
ジャンル : 映画

フランツ・カフカズ・ラビリンス



これはもう説明不要の名作ですね。しかし、これをあえて迷作と言ってみたい。
真に迷い込むという意味での迷作です。はい。

測量師Kが永遠に辿り着くことができない「城」。
本書末尾の解説には「職業が人間の唯一の存在形式となった現代人の疎外感」とか
「城は権力のメタファーである」みたいな難しい言説が掲載されていますが、
自分が読む限りでは、城はただの城でしかなく、その城の周辺で起きた瑣末な出来事が、
淡々と描かれているだけのように思います。何度読み直しても、その印象は変わりません。
想像力の欠如と言われればそれまでですが(笑)。

城に近づくでも離れるでもなく、一定の距離を保ちながら、自身の目的意識の不透明さを
何かと誤魔化し続けるKの言動が、無性に可笑しい。奇妙ですし、笑える。
当然、物語に筋らしい筋はないので、どこに焦点を絞って読み進めるべきなのか困惑します。
Kの見ている世界は、結局のところKにしか解からないのです。
だけど、途轍もなく面白い。物凄く引き込まれる。
一度開いたが最後、ページを捲る手が止まらなくなります。

作家・保阪和志さんの発言に以下のようなものがあります。
「小説は読んでいるその瞬間にしか存在しないものである」。

カフカの「城」を読むと、まさにそういうことなんやなぁ、という気がします。
それは作家の脳細胞の一筋一筋を、熱病にうなされながら徘徊するようなものなのですね。
小説という歪な「迷宮」をこれほど堪能できる作品も珍しいでしょう。
自分にとって、極めて重要な作品。オール・タイム・ベストな一冊であります。

フランツ・カフカ / 城


テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

愛情一本エレクトロ道



いまや若手芸人の登竜門とさえ言われるお昼の人気番組「徹子の部屋」。
驚くべきことに、今年で放送開始35周年を迎えるそうです。
それを記念して、先日、特別バージョンが放送されていました。

次長課長の河本準一が司会を務める、題して「準一の部屋」。
この日ばかりは、トットちゃんはゲスト側のソファに腰掛けておられました。
いつもとは違う緊張感に、次長課長のふたりも終始、困惑気味の様子です。
しかし、大喜利コーナーでのトットちゃんの珍回答が、気まずい空気を見事に払拭しました。

「もしも、アナタが漫才コンビを組むとしたら、その相方とコンビ名は?」
というお題に対して、トットちゃんの回答がこちら。
「相方、久米宏。コンビ名、毒まんじゅう」

たった一枚のパネルで、トットちゃんは芸人ふたりを笑いのドツボへと突き落としたのです。
流石であります。芸人殺しの異名は伊達ではありません。
それにしても、毒まんじゅうって・・・(笑)。

そんな大喜利的世界観をオールド・スクール・エレクトロに落とし込むのが、
スマーフ男組のお三方です。メンバーのコンピューマさんは、
自分がいつもお世話になっているエルスールレコーズのスタッフさんでもあります。

「スマーフ男組の個性と発展」と題された10年越しの1stは、
随所に笑いの要素と、エレクトロに対する深い愛情が散りばめられた唯一無二の傑作です。
気迫と年季のこもった太いエレクトロ・ビートの上で軽快に踊るロボ声ならぬムシ声がテンプルを直撃し、
コンピューマさんの掌から放たれる重いスクラッチ・ノイズがドスドスとボディブローに炸裂する。
エレクトロ・クラシックのカヴァーを取り入れたり、惣菜屋のおばちゃんとの会話をコラージュしたり、
ロシア人の名前ばかりを意味もなく朗読したり、洒落たイタロ調ブギーが飛び出したりと、
まさに彼らの個性と発展を心ゆくまで堪能できる素晴らしい作品となっています。
こんなのって、前例あります?

スマーフ男組 / スマーフ男組の個性と発展

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

マシュマロ・ボッサ・ファンタジア



過ぎ去りし日の2月14日
体育館裏に呼び出されたアナタ。
会社の給湯室で密談を交わしたアナタ。
バイト終わりに待ち伏せされたアナタ。
奥様からワンランク上のおもてなしを受けたアナタ。
そして、泌尿器科にダイブしたボク。

心と身体の準備はできていますか?
今日は大切な日。女子たちが胸をトキめかせている日ですよ。
今日という日をより特別なものできるかは、すべてアナタ次第。
マヌケなプレゼントをチョイスしていませんか?
ダサいサプライズを企んでいませんか?
そう、アナタは選ばれし者。
3月14日に人生のクライマックスを迎える資格があるのです。

え? 何を寝ぼけたことをホザいてるのかって?
世間は概ね義理だって? とうの昔に「14」の神話は崩壊したって?

ウソだろ? そんなことないって言ってくれよ、ドローレス。
29歳の若さで夭逝したアナタは、いまもそちらで恋人たちのために歌い続けているんだろ?
アナタの可憐な歌声で、どれだけの男女を赤い糸で結びつけてきたの?
アナタにウソはつけない。時計の針は止まっても、いまも歌声はしっかりと届いているんだ。
アナタは知ってるんでしょ?
アナタの歌を必要としている男女が、世界中にたくさんいることを。
ファンタジーに終わりはないんだよ。だから今夜も何処かのカフェで…。

DOLORES DURAN / ENTRE AMIGOS

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

エーゲ海を赤く染める血



フォーク・リヴァイヴァルの担い手デヴェンドラ・バンハートの音楽には、帰巣性はあっても、
帰属意識はない。まるで夢見心地のように牧歌的な楽曲は、暗い時代の反動なのかな?
歌われる言葉も多様で、意識的にアイデンティティの拘束から逃れようとしているかのようだ。
スペイン語、英語、自作のハナモゲラ語。意図的に女性の声や、動物の鳴き声を模する。
それらは本人の風貌と相俟って、「根無し草の鼻歌」という印象を強く残す。

一転、トルコには自身の出自を執拗に追及するような、あるいは、
血の源流を遡るような音楽を奏でる連中がいる。
イズミール地方に残存するギリシャ音楽を、新たなアレンジで奔放に展開するクルカである。

サイケデリックに片足を突っ込みながらも、実のところ視界は明瞭。意識は明確といった感じ。
俺たちは何者なのか? 何処から来て、何処へ向かうのか?
現代と伝統、トルコとギリシャが交錯する音の隙間から、そんな自問自答が聴こえてきそうだ。
重要なのは、その試みが自己閉塞に陥ることなく、拓かれた表現に帰結していること。

ジプシーブラスの導入が重心低めの楽曲に躍動感を与え、
しゃがれたヴォーカルがエーゲ海周辺を彷徨う。
ここでもブズーキが重要な役割を果たしていることは、言うまでもない。

KIRIKA / Kaba saz

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

どうだ、感じるかい?



神聖なるデリケートゾーンに、何の躊躇いも無く触れる輩がいる。
一切の前戯も施さず、いきなり指で。
不埒だ。不遜だ。断じて許されぬ愚行である。

切手を買いにコンビニへと向かった、ある日の出来事。
カウンターで額に薄っすらと汗を滲ませた小太りの店員に、その意志を告げた。
すると兄ちゃんは「へい、かしこまり」と言って、カウンター奥の引き出しをゴソゴソと
弄り始めた。途中、幾度となく額の汗を指先で拭っておった。俄かに嫌な予感が。

「へい、おまち」

そう言って差し出された切手のアノ部分を、兄ちゃんの太短い指が触れていた。
ダイレクトに触れていた。私は軽い眩暈に襲われた。
切手のアノ部分。つまり裏面の糊付け部分は、とても神聖で繊細、気安く触れようものなら、
すぐにグッショリと濡れてしまうデリケートゾーンなのである。それを...それを...。

「いやん、やめて。いきなり指なんて。やだ、ひどい。ちゃんと舌で舐めて。あ、だめ。
 お願い。いや、あ、痛い、あ、ああああああああああああああああああああああああ」

切実なる切手の喘ぎ声が鼓膜を掠めたと同時に、私の下半身が微かに疼いた。
その後、どうしたか?
もちろん舐めましたとも。そっと優しく。「塩辛、塩辛」と唱えつつ、祈りつつ。

そんなデリケートゾーン、いや、スウィートスポットを音でいやらしく刺激するのが、
この国で最も独自性のあるサイケデリックロックバンド、ゆらゆら帝国でしょう。
こちらの9枚目のアルバムでは、陰気な空気の奥底に、想像力豊かな世界が広がっている。
白眉は「泳げ、たいやき君」のアシッドヴァージョンとも言える「タコ物語」。
磯に住むタコである「僕」は、そっと独白する。

キミは敏感な二枚貝だなぁ。だけど僕はキミに恋してる。
ゆれるワカメを分けて近づいて、ポツリ、「ラブ」キミに恋してる。
とても繊細な僕の吸盤で、キミの真珠を撫でてあげたい。
うそ、ほんとは、食べてみたい。

なんというイヤラシさ!!! なんという危険な発想!!!
更に小泉政権下の抑圧を的確に嗅ぎ取った収録曲「ソフトに死んでいる」は、00年代を象徴する
見事なアンセムとなった。次作「空洞です」では、予想もしなかった新たな展開に雪崩れ込むのだ。

*右端のフリーエリアに「タコ物語」のPVを貼り付けときました。お試しください。

ゆらゆら帝国 / Sweet Spot

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

マレーシア産マッシュ・アップ歌謡

penasaran.jpg

関西ワールドミュージック最後の砦、プランテーション。
城主・丸橋店長は、数多のアジア音楽中毒者を培養することに成功した功労者です。

膨大な知識に裏打ちされた店長の饒舌ぶりは、まさに「音楽蛇口」と呼ぶに相応しい。
現場を知る人だけが持ちうるリアリズムを、ユーモアたっぷりに話してくれるので、
いつも時間を忘れて聞き入ってしまいます。
気づいたときには、店内は打ち寄せる音の洪水で満水状態なんてことも。

そんな店長がゲラゲラ笑いながら聴かせてくれたのが、この二枚。
マレーシア(出身はインドネシア)の女性歌手、ザレハ・ハミッドです。

「これは、まんまスタスキー&ハッチやんね」
「これは○○のパクリでしょ」
「なんちゃってインド風ですな」
「完全に音程を見失ってるね」
「すっとこどっこい歌謡、ここに極まり」

なはは、自分も思わず噴き出してしまいましたよ。
いずれも60年代の作品集のようで、雑多な食材がゴロゴロ入った闇鍋状態です。
特に「Pilihann Terbaik」の突き抜けるような歌い口は凄まじくて、やけっぱちと言うか、
園児の合唱と言うか、初期衝動丸出しと言うか、ある意味パンキッシュです。
右の「PENASARAN」は、時折ダンドゥットの片鱗が顔を覗かせたり、
日本の歌謡曲風のメロディが聴こえてきたりで、より明確なミクスチャー感覚が楽しめます。

ここで、全国各地にお住まいのワールド・リスナー諸先輩方に朗報です。
このような産地直送の素晴らしいアジア音楽をお手頃価格で購入できるプランテーションが、
ついに、ついに、ネットショップとレーベルを始動されましたよ。
レーベル第一弾は、昨年シンガポールから暖かいマレーの風を届けてくれたアート・ファジルさん。
今後のリリースも要注目ですねぇ。詳細はPlantationwebshop.comで。

plantation.jpg

ZALEHA HAMID / Pilihan Terbaik
ZALEHA HAMID / PENASARAN

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

銀杏BOYZと世界



あなたの正義がコンドームを着けたまま、可愛いあの娘のオマ○コに突き刺さる。
貿易センタービルの65階に突き刺さる。日本代表ゴールネットに突き刺さる。
リンリン鈴虫が鳴いています。そんなとき僕はちょびっとセンチメンタル。
ああ、なんてイカ臭い愛と自由だろう。

こんなぶっ飛んだ歌詞を、エモーショナルに歌い上げるのが銀杏BOYZの峯田和伸さん。
本書は、彼が04年から05年の一年間にブログに書き残した日記を編集したものです。

読んでいただければ分かってもらえると思うのですが、銀杏BOYZというバンドは、
峯田さんを中心としたある種のカルト教団の様相を呈しているんですね。
それはときに美しく、ときに醜悪であり、読んでいる最中は快と不快が交互に押し寄せてきます。
彼らは、外部を遮断することで改めて浮かび上がってくる社会との対峙を余儀なくされているんです。
でも、それって、何だか他人事とは思えないんですよね。
例えば、ブログという各自のセカイを築き上げたとしても、実際に生きていく世界はひとつしかない。
そんな、あまりに当たり前でいて、実は思っている以上に残酷な現実を想起させます。
本書に記された言葉を採用するなら、

「僕の部屋は僕を守りもしたけど、僕をひとりぼっちにもした」

ということになります。

心を掻き毟られる描写は多々ありますが、
真夜中の竹林で、ヘッドフォンから流れてくる大音量のビートルズに身を任せながら、
狂ったように金属バットを振り回したり、男同士でフェラ○オしあう場面なんかは、
決して見てはならないものを目の当たりにしているような危うい緊張感があり、ゾクゾクします。

日記なので、もちろん文学作品ではありません。
しかし、あえて谷崎潤一郎「痴人の愛」や坂口安吾「白痴」、川端康成「みずうみ」などの名著と
合わせて読んでもらいたい背徳の書です。形骸化したミステリーなんかより、よほど胸に響きます。

峯田和伸 / 恋と退屈

テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

ラグジュアリー・パーティ・イン・テンプル



IDMやグリッチ・ホップを聴く楽しみのひとつに、打点の快楽性が挙げられるだろう。
オウテカやフライング・ロータスは、そのジャンルに於いて、リスナーの欲求を満たしてくれる才人だ。
けれど、いまの自分はラップトップだけで組み立てられたビートではイケなくなってしまった。
エレクトロニカに対する不感症を自覚してから、ワールドミュージックへの道へと進むのに、
そう長い時間はかからなかった。これはもう必然だったのかも知れない。

フライング・ロータスの傑作「ロス・アンジェルス」に感じまくった世界中のビート・ジャンキーをも
唸らせるであろう一枚が、ミャンマーの歌姫ソーサーダトンの伝統回帰作である。

この人、エレキギターやシンセサイザーを導入したポップスも自在に歌いこなす実力者らしいが、
本作はルーツに忠実なシンプルな造りになっている。
とは言っても、われわれ日本人の耳には常軌を逸した音に聴こえるのだが。

サウンと呼ばれる竪琴が流麗な空気を演出し、輪郭のはっきりしたソーさんの歌唱が毅然と舞う。
そこにオーシィやドーバッといったタイコ群が、独特すぎる打点を刻み始める。
曲によってはチャルメラがピャーピャー鳴り響く。
それらが有機的に結びつく訳ではなく、すべての音の遠近がバランスを欠いているように感じるのだ。
グルーヴ感もへったくれもないが、不思議と心地良い。なんで?

噂によれば、ミャンマーの音楽にはハーモニーも無ければ、歌と伴奏という概念さえも無いのだとか。
どういうことやねん!と思わず突っ込みを入れたくもなるが、
かつて聴いたことのないもの、得体の知れないものを求める変態さんにとっては、
それなりの刺激になり得るのではないでしょうか。

タイのモーラム歌手スパープ・ダーオ・ドゥワンデンにも通ずる中毒性があることは間違いない。
ともかく、全編に渡ってミャンマーの空気がパッケージされたかのような天然自然の幻覚音楽に
すっかり魅せられた。世界の音楽ってのは、まだまだ底が見えねぇっす。

*東南アジア音楽の飽くなき求道者ころんさんが、ポップス路線のソーさんをレコメンドされています。
  右端のフリーエリアに本作の収録曲のPVを貼り付けときました。お試しください。

SOE SANDAR TUN / BUDDHA MITTA PAN

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

GOIN BACK HOME



文章というものは何かとイマジネーションを刺激するもので、
例えば小説を読んでいるときには、同じフォントで書かれた文章にも拘らず、
各キャラクター固有の声質や、言い回しなんかが頭の中で識別されて自動再生されますよね。
更に妄想は膨らんで、ひとつの文章から、人物の容姿や性格なんかまでが浮かび上がってくる。
色んな方々のブログを読んでいても、それは同じ。
みなさまの人物像というのは自ずと形作られてくるものです。

さて、本題に入りましょう。
ギリシャ音楽などに深い造詣をお持ちで、ご自身もSSWとして活動なさっているブロガーさんの話。
それは「遅ればせながら衝動的」のシャケさん、その人である。

海外メイドのコンピレーション・アルバムに、なんとシャケさんの楽曲が収録されているとのこと。
しかも、ご自身のブログで先着5名にプレゼントとの告知をされているではないか!
もちろん応募しましたとも。
そして、幸運にも、そのアルバムはいま自分の手の中にあります。掴んだね、ドラゴンボール。

シャケさんの楽曲は5曲目の「ブルー・スカイ」。
ブログの文章などから伝わるシャケさんのイメージは、どこかクールでインテリジェンス。
ところが、実際にスピーカーから聴こえてくる歌声の印象は、まったく異なるものでした。
インテリと言うより、ロマンティック。
クールではなく、すごく温かみがある。
やわらかいベールに包まれた心象風景を、目の前の青い空に重ね合わせて歌い綴られていく楽曲は、
美しくも儚い響きに彩られています。凛とした世界観に、ものすごく感動しました。
直接的な影響という訳ではありませんが、やはりギリシャ音楽にも通ずる哀愁を感じました。

ひとつだけ欠点を挙げれば、落ち込んでいるときに聴くと、涙の領域にまで連れて行かれることです(笑)。
シャケさん、ありがとうございました。

V.A / GOiN' BACK HOME

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

キム・ヨナンDUB



バンクーバー五輪の記憶は、キム・ヨナの完璧な演技とともに脳裏に焼き付けられた。
正直に言うとフィギア・スケートにあまり興味はない。
そもそもオリンピック自体に、そこまで興味がない。
だけど、キム・ヨナは凄かった。
自分のような不埒な人間を、TVの前から動けなくしたんやから。

なんて妖艶なんやろう。
それでいて一級品のエンターテイメントに仕上げてみせる。
その美しさはボンドガールどころの話じゃない。
良いものを見せてもらった、ほんまに。

キム・ヨナ・フィーバーに便乗して、韓国の音楽でも聴いてみようと思う。
こんなとき少女時代やカラみたいにシャレオツな音源を引っ張ってこれたら、
当方の好感度も多少は上がるってもんやけど、生憎、そのような気の利いたブツはない。

だから、苦言を浴びる覚悟でユンキーを聴く。
韓国のリー・スクラッチ・ペリーと呼ばれる男だ。

この人、金はないけどアイデアとポテンシャルは湯水のごとく沸いてくるタイプのようで、
声にリバーブをかけるために風呂場でヴォーカル録りしたり、
卓上にテープで貼り付けたコオロギを、楽器の代わりに鳴かせてみたりしてます。
レゲエ発ポンチャック経由の歌唱はヘロヘロでヨレヨレでダサダサ。
キム・ヨナの演技とは対極にある世界観ですわ。
聴いてるこちとら、膝から崩れ落ちそうになる。
これらが、同時代の同国からの主張だというのが、非常に興味深い。

「ダブではとにかくスペースが大切だ」というのはビル・ブルースターの言であるが、
ユンキーのそれは、ものの見事に「間」が抜けている。

余談ですが、フリーの演技終了後、浅田真央ちゃんが涙ながらに、こう語っていた。
「長かったけど、アッという間の四分間でした」
そういう体感時間を生きている人ってのは、えてして充実しているものですよね。ステキだ。

YOONKEE / ASIAN ZOMBIE

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

ある村の洗礼



日本は米国の従属国に成り下がった、なんていう言論をよく耳にするが、
ここだけの話、実は米国こそが、日本に内包されているんだ。
あまり大きな声では言えないけれど、これ読んでくれている人には特別に教えたげる。
米国は関西にあるんだ。
しかも、そこではあの大国は「村」にまで落ちぶれてる。マジだぜ。
他言無用で頼みますよ、ほんと(笑)。

グラフティ・アートで埋め尽くされた治外法権指定区域「アメリカ村」。
ろくでもないショップが乱立し、ろくでもない人間が往来する特殊な村。
三十路手前の人間が足を踏み入れたところで得るものはほとんどないのだが、
中高生のときにはユースカルチャーを体得する場としては、それなりに有効だったんだ。

で、避けて通れないのが、この村を拠点に活動していたルードBボーイ集団「韻踏合組合」である。
彼らの最初期の作品集「volume.0」は、誰がなんと言おうと日本語ラップの最高傑作だと思う。

なまりを前面に押し出したライミング、疾風怒濤に押し寄せる押韻の嵐、そして、
関西圏特有の湿気をたっぷり含んだバウンス・ビート。
耳をすませば、民俗音楽の鳴りが随所に聴こえる。
まるで、ほつれたジーパンの裾みたいな音楽。素晴らしく、泥臭い。

縁あって、元メンバーのMCオオヤ氏(現在はソロ活動)と食事をする機会に恵まれた。
そのとき、氏はこんなことを言うていた。

「アメリカ村なんて、大嫌いですよー。ヤクザそのものでしょ、あの村は」

悪いことはすべてやりつくしてきたようなステキな笑顔が、とても印象に残っている(笑)。
ちなみに関西ワールドミュージックの秘境「プランテーション」は、上記の村にある。
どうやら、いまでも探索する価値はありそうですぜ。

*右端のフリーエリアに彼らの代表曲「揃い踏み」のPVを貼り付けときました。お試しあれ。

韻踏合組合 / volume.0

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

プロフィール

繁盛亭アルバイテン

Author:繁盛亭アルバイテン
ヒッピー・ボヘミアンな生活に憧憬を抱く浪速のポンコツ。
物心ついたときから寝つきが悪い。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。