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ルークトゥン100%



みなさま、日々のスティル・ディギンで、しっかりと鼻先を汚していますか?
己の嗅覚だけを頼りにここ掘れワンワンして、お宝を発掘したときの喜びは格別ですよね。
しかし、場合によっては掘っても掘ってもトラッシュばかりを探り当ててしまうときもあります。
そんなときには、友人やブロガーさんたちのレコメンドに縋りつく訳です。

今夜は、哀愁と欲望のワールド・ブロガー「東京レコ・オヤジ69」さんの絶賛レヴューのおかげで、
巡り会うことができたタイのカリスマ、チャーイ・ムアンシンをピックアップします。

フジにバリスターあれば、ルークトゥンにムアンシンあり。
こちらも負けず劣らずの、下半身直球型の歌心を聴かせてくれます。

これぞ大衆歌謡の醍醐味とでも言いたくなるような多様な音楽性と、説法みたいな独特の発声が圧巻です。
ロック、R&B、ラテン、浪曲、なんでもござれの贅沢三昧。
しかも、そのすべてに揺るぎないタイ印が刻印されています。
根拠のない自信は男の特権ですが、チャーイ・ムアンシンの歌には明確な根拠が滲み出ている。
それは、ジャケットの着こなしからも窺い知れるってもんです。

押韻をこねくりまわし、音の末尾を自在にコントロールするチャーイ・ムアンシンの歌は、
例えば日本語ラップやダンスホールレゲエのファンにも、充分にアピールできる魅力があります。
つーか、同じようなフロウを使いまわして悦に入っているようなラッパーさんは、
これ聴いて勉強してくださいな(笑)。

世界の扉をノックするか、しないかはアナタ次第。
扉の向こうには、こんな色男が手をこまねいて待っている。
さぁ、どうしますか?

Chai Muengsing / ヒット・ドーン・チャイ
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テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

宴のあと~コンパ編~



「コンパのあとにコーヒーは飲まない」

いつの日だったか、ある先輩がそう呟いた。誰に伝えるでもなく。
その目は真向かいに居る自分ではなく、遥か遠方を眺めているようだった。
彼の何気ない一言に、自分はえらく感心したのを覚えている。

黄色い声の飛び交う甘美な祝祭感に、いつまでも浸っていたい。
覚醒作用のあるカフェインなんていらない。

それは先輩なりの意思表明であり、非常に含蓄のある言葉に思えた。
少なくとも、彼を慕っている自分は、そう解釈したんだよ。

ところで、音楽でコンパと言えば、ハイチのコンパ・ディレクトである。
私の頭の中のうろ覚え雑記帖によると、語源はスペイン語で反復パターンの単位を指すコンパス。
ハイチの大衆ダンス音楽の総称とある。では、実際にどのような音楽なのか?
その魅力を探るべく、コンパの革新者と言われるヌムール・ジャン・バチストに耳を傾けてみる。

粘りのあるリズム。土着的ヴォーカル。陽気なアコーディオン。ラテン風味のホーン・セクション。
はははん。なるほど。こりゃ、ええわい。
大衆性がキラリと光る、下町ダンスミュージックですわ。
こちらは50年代後半の音源ということで、厳密には完全にコンパとして確立された音ではないようだ。
だから、ごった煮感、丸出し。そこがまた良いんだけどね。

その後、コンパは如何なる進化を遂げたのやろう?
興味は尽きないが、いま手元にあるヌムールはこれ一枚だけなもんで。
後追い世代の辛いところですよ。

「私、毎晩コンパを聴きながら、ハイチの一刻も早い復興を祈ってるんですぅ」
なんてことを耳元で囁いてくる女子がコンパニーに紛れ込んでいたならば、
例の先輩は死ぬまでコーヒーに手を出さないのではないだろうか?

痛みを皮膚感覚で共有するにはあまりに遠い国、ハイチ。
何もできないから音楽を聴く。
コンパを聴く。
約束する。
コーヒーは飲まないよ、先輩。

NEMOURS JEAN-BAPTISTE / A visit to Haiti

テーマ : 音楽
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密林のファンク大使



月の光も届かない闇夜の中を、ケモノたちはある場所を目指して移動していた。
湿った土の鳴りが、彼らの鼓膜をかすめる。
やがて一本の巨木の根元へと、数十匹、数百匹と集い始めた。
その様は、まるで夜そのものが終始、忙しなく蠢いているかのようだ。
巨木の袂には、古びたオルガンが置かれている。
それは、主の登場を待ちわびるかのように、静寂を噛み締めていた。

四つん這いになったケモノたちは、地表に落ちた木の実などを手探りで拾い集め、
ぼそぼそと口に運んだ。
やがて、木の洞の深淵から、ひとりの男が姿を現した。
彼こそが、主、アレマイユ。

主の存在に気づいた数匹のケモノたちが「ギーギー」と奇怪な歓声を上げ始めた。
それは瞬く間に全体に伝播する。
男は無言のまま、おもむろにオルガンの前に立ち、太い指先で触れた。
そして、声を発する。

その特異なコブシ回しに、森に眠る者たちが、畏怖の念を抱く。
指先から放たれた怪しい音色は、葦の生い茂る沼地をヌメヌメと徘徊する。
得体の知れない異形のファンクネスを全身に浴びたケモノたち。直後、様子が一変した。
突然、オスやメスの見境もなく、その場で交わり始めたのである。
蠢く森。喘ぐ夜。疾駆する男のシャウト。
1974年のエチオピア。

ALEMAYEHU ESHETE / MORE VINTAGE ! ETHIOPIQUES 22

テーマ : 音楽
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カルナーティック銀河系



京都は祇園にある素敵なカフェに行ったときの話。
そこは昔ながらの家屋を、風情を残しつつ現代風に改築した店舗で、
通りに面した二階の窓からは、ノスタルジックな祇園の町並みを一望することができた。
自分も妻も、時間を忘れて、眼下を行き交う人々の姿を眺めていた。

そんな折、不意に隣のテーブル席から、マダムたちのガールズトークが聞こえてきた。
意識するともなく、耳はダンボに。

マダムA 「いやぁ、ここはほんまにロケーションがええわぁ」
マダムB 「ほんまやねぇ。素敵なロケーションやわぁ」
マダムA 「なんか気分がほっこりするわね。このロケーションのおかげで」
マダムB 「ほんと、そうね。ところで、貴女のバッグも素敵ね」
マダムA 「あら、ほんと? 嬉しいわ」
マダムB 「ええ、とっても素敵。まるでここのロケーションみたい」

そこでウエイターの兄ちゃんが登場。

ウエイター  「ホットコーヒーお待たせいたしました」
マダムA+B 「ここは、ロケーションが素敵やねぇ」

おかげで自分たち夫婦は、景色を楽しむどころではなくなった。
何やねん、ロケーション…。
恐るべし、ロケーション…。

ところで、いまだかつて体験したことのないロケーションへと誘ってくれる音楽と言えば、
インドの古典音楽でしょう。北のヒンドゥスタニー然り、南のカルナーティック然り。
スダ・ラグナタンは南インド声楽の、美しい歌い手さん。
ムリダンガム、モルシン、タンブーラ、ヴァイオリンの伴奏を従えて、
端正なコブシと、スケールの大きな母性みたいなものを聴かせてくれる。
コロコロと弾けるムリダンガムの楽しいリズムに運ばれて、清楚な歌声が天空を目指す。
つまりは、聴く者の脳内スペースを際限なく広げてくれるのだ。
2CD110分を聴き終える頃には、未踏の領域に立たされていることを知る。恐るべし・・・。

Sudha Ragunathan / Sukha Bhaavam

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

壊れた自我と漲る欲望



日本語ラップの熱心なリスナーならば、
いまこの国のハスリング・ラップがとんでもなく面白いことになっているのは、ご存知だろう。
彼らの言葉からは、この馬鹿馬鹿しい世の中に対して、ただ悲観するのではなく、
如何に知恵を絞って生き抜こうかと切磋琢磨しているのかが、うかがい知れる。
まるでアスファルトに唾を吐き捨てるかのように、自身の存在意義を吐露するのだ。
犯罪者階級の不良たちは、明確に世界と対峙している。己が俗物であることを自覚しながらも。

一転、この希世の私小説作家・西村賢太の欲望は決して「外」へは向かわない。
ひたすらに「内」へ「内」へと引きこもる。
だから、彼のような人間は記録には残らない。例えそれが小説という媒体で存在するのだとしても。
刹那主義者と言えば聞こえはいいが、一貫した倫理さえ持ち合わせていない。
危険なまでの自己完結が、じめじめと粘着質に蔓延るばかりなのだ。
それは、いかなる不良少年たちよりも救いがなく、だからこそ、どうしようもなく引き込まれる。

職なし、金なし、甲斐性なしという負のトライアングルを背負う男は、
些細なこと(それは、本当に馬鹿げている)で、同棲している女性に対して
一方的で不条理な暴力を揮い、そうかと思えば、猫なで声(実際に涙を零しながら)で許しを請う。
挙句には、女の下着を「おかず」に自慰に耽る。それがバレて、また逆上…。

そんな男にとっての唯一の楽しみが、「根津権化裏」で知られる大正の作家・藤澤清造。
貧困と精神破綻の末に、芝公園内のベンチで凍死した藤澤に、他者とは思えぬ共感を抱く男は、
女の親に借金をしてまでも、数々の物品をコレクションしようと奔走する。
その欲望の空回り具合は、金に糸目をつけずにレコードを掘りまくっている人たちにとっても、
きっと他人事とは思えないはずである。

どこまでいっても染みったれていて、惨めで、救いのない展開。
正直、なんでこんなものを読まされなければならないのか、と憤慨しそうになるが、
少なくとも、本書の中にはキレイゴトがない。
それだけでも、稀有。それだけでも、自分にとっては救いになる。

物語の終盤で、カレーを食べている男に対して、女が呟く。
「豚みたいな食べっぷりね」

この後、めくるめく一大スペクタクルが押し寄せるのだ!!!!!!
是非とも、皆様の目でお確かめください。
不快指数が沸点に達するであろうことだけは、保障いたします。

西村健太 / どうで死ぬ身の一踊り

テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

哲学の煙



みなさま、眠れない夜をいかがお過ごしでしょうか?
サード・アイは充血していませんか?
眠れぬ夜は、ファンタスティックな音楽でも聴いて、のんびりと朝を待ちましょう。

今夜のお供は「アフリカン・ハーブスマン」です。
ボブ・マーリーとリー・ペリーという二人の天才の競演盤ですね。

エチオピアで、ラス・タファリ・マコーネンがハイレ・セラシエ皇帝として即位した1933年。
ジャマイカの黒人解放運動家マーカス・ガーヴェイが、皇帝を生き神と崇めるラスタファリアニズムを提唱。
それからちょうど40年の月日を経て産み落とされたのが、本作です。
ボブ・マーリーがアイランドと契約する以前の作品集ということになりますね。

後のヒット曲となる「LIVELY UP YOURSELF」「SMALL AXE」「KAYA」などのナンバーが
すでに収録されていますが、何よりも重要なのは、アルバムの根底に流れるリラックス・ムードでしょうね。

日がな一日サッカーやって、夕方帰宅したキングストンの自宅で、ギター片手にハーブで一服。
隙間だらけのサウンドからは、そんなボブ青年の何気ない日常が垣間見えるような気がします。
彼がこうしていつまでもペリーさんと戯れていることを許されたなら、
その後の過大な政治性を背負わされることもなかったかもしれませんね。勝手な妄想ですけど。

「まぁまぁ、そんなに肩肘張るなよ。どうせ明日はやってくるぜ」

本作を聴くたびに、ボブ・マーリーからそんな言葉をかけられているような気がするのは、思い込みでしょうか?
まぁ、それでもいいんです。思い込みも、時には重要ですから(笑)。

とにかく、これはジャマイカが生んだ音楽的遺産であり、怠け者の生活に寄り添う最高のサウンドトラックです。
みんなが聴けば、確実にこの国のGDPが下がります。いや、良い意味で・・・。

BOB MARLEY & The Wailers / AFRICAN HERBSMAN

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

エキセントリック昭和歌謡



以前、ジェンベ奏者の友人が、自分たち夫婦だけのために演奏を披露してくれたことがあります。
ひと気のない夜の公園で、西アフリカの太鼓による独奏。
彼女とジェンベだけが知っている秘密の言語で、互いの呼吸を確かめ合っている。
躍動する彼女の手さばきに、ジェンベは懸命に答えていた。
叩く位置と叩く手の形により、音色が微妙に変化する。
自分たち夫婦の身体は、自然とリズムに合わせて揺れていました。

音楽には、人を動かす力がある。

当たり前のことすぎて、誰も気に留めていないかも知れませんが、
これって、とんでもなく凄いことだと思うんですよ。
世界中の人間が、それぞれの楽器を手に取り、それぞれの旋律を奏で、それぞれに身体を揺らしている。
それはもう、奇跡としか言いようがない。

しばらくすると、聞き覚えのある歌が、夜気に溶け込んだ。
それは美空ひばりさんの歌。
そこで、また空気の質が一変したように感じられ、
自分は思わず、息を呑みました。
ジェンベの独奏による、ひばりさん。
これこそが最良のアレンジではないのか…。

この日は、極々プライベートなステージでしたが、自分たちにとっては、
どんな有名人のライブよりも、心に響くものがありました。
ありがとう、友と音楽、そしてジェンベくん。

ここからはお気に入りのCDのお話です。
美空ひばりさんの楽曲を独自のアレンジで再演しているバンドと言えば、
ほんまもんの芸妓さんがヴォーカルを担当する、キウイとパパイヤ、マンゴーズという人たち。
彼らがカヴァーするのは昭和28年のひばりさんの楽曲「チャルメラそば屋」。

スピリチュアルな趣もあった友人のレパートリーとは違って、こちらは底抜けに明るい。
キウイさんの豪快な歌い口は、立ち込める暗雲を一蹴して、瞬く間に晴天に変えてしまう。
そんな力を持っている。痛快すぎるでしょ、この人。
やはり、こちらにも身体は自然と反応しますね。
いずれも甲乙付けがたいほど、素晴らしい。
バンドのアレンジも、各国の大衆音楽をチャンポンしたような味わいで、申し分がないです。

キウイとパパイヤ、マンゴーズ / TROPICAL JAPONESQUE

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

「エゴ」ポイント



エコポイント制度は09年5月15日から政府主導で行われるエアコン・テレビ・冷蔵庫などの
省エネ家電(グリーン家電)を対象商品にした追加経済対策です。

だそうです。
ふふん。
ふん。
また、どっかで、誰かさんが悪巧みをしておる。

しかし、ワタクシ。以前から、エコからエゴの臭いを嗅ぎ取っている。
電化製品によるCO2規制云々よりも、やるべきことってない?
ざんす。ざんす。あるざんす(トニー谷)。
例えば、高層ビルの建設禁止。無駄な道路の建設禁止。欲望充足の為の戦争廃止。森林保護。

経済発展と環境保護は間逆のベクトルに位置するんとちゃうの?
それを目くらましにするエコポイント。
エーコトしてまっせ、という表向きの顔に不敵な笑みが見え隠れ。

「休日は山にこもって、趣味の狩猟でんがな。なっはっは」

とか何とか言いながら、都心から高級外車をぶっ飛ばして、鹿やらイノシシやらを
バンバン撃ち殺しているような輩が、実はエコなるエゴの仕掛け人で、
そいつらがエコによって、莫大な利益を懐に収めているに違いない。
ほんで、その金でお姉ちゃんらを好きなだけピー!してピー!するのだ。

「さぁ、さぁ、クールビズじゃよ。脱ぎんさい。脱ぎんさい」

とか抜かしながら。そうだろ? 違うかい? お偉方さんたち。
それでいて、スポーツ選手や力士には品格を求めるのよな。この国のバビロンは。

そんな世界に対する絶望を、抜群のセンスで笑いに転化したのが、
70年代にPファンクを引率した偉大なる道化師、ジョージ・クリントン。
彼が指揮を執ったバンド、ファンカデリックは、それまでのブラックミュージック史を
逸脱するかのような、きわどいサイケデリック・トリップを展開する。
それは、ただ甘いだけのR&Bやソウルとは、全く異質のものだ。
だって、こんな気の利いたセリフを吐くんだぜ、ジョージは。

「世界は使用無料の便所。リアリティは揚げたてのアイスクリーム」

後にジョージはパーラメントという最高の宇宙船を手に入れ、
いまも、社会的操作の魔の手から逃れるようにして、ときに強烈な握りっ屁をかましながら、
気儘に遊泳を続けているようだ。

そんなジョージから、ワタクシが学んだことはコレだ。
「下ネタは、世界を相対化する為の、知恵なんだぜ!」

FUNKADELIC / Free Your Mind and Your Ass Will Follow

テーマ : 音楽
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飛翔するアフロセントリズム



前回の記事で、ときに音楽は聖霊や歴史そのものを呼び覚ますことがある、みたいなことを書いたが、
シカゴ出身の知覚ラッパーは、アルバム冒頭で、今は亡きアフリカの闘神の魂を招喚しようとする。
闘神の遺伝子を継ぐ者(フェミ・クティ)の紡ぎだす音色に導かれるようにして、
アフロビートの始祖はナイジェリアの地中深くから現代に覚醒する。
過去と現在が混濁したリズムの中で、コモンは押し殺した声で呟く。

「荒れたこの世界の中で、この声を聞き分けろ…」

彼らは勢いそのままに、闘神の盟友トニー・アレンをも巻き込んで、闘争の狼煙をぶち上げる。
そして、数々の音楽的才人がこの大胆なムーブメントに加担し、詩人の声明をバックアップする。
アフリカの奥地からシカゴの路上まで、留まることを知らずに飛翔するリリシズム。
それは、多種多様な黒人音楽を吸収して、加速するのだ。

圧倒的なパッション。
圧倒的な説得力。
紛うことなき傑作。

次作「エレクトリック・サーカス」ではジミヘンやマルコムXまでをも降臨させようと試みる。
その野心は、シャーマンさながらである。

COMMON / LIKE WATER FOR CHOCOLATE

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無産階級の息吹



ギリシャを代表する男性歌手ヨルゴス・ダラーラスの09年最新作。
ボトムはレンベーティカやライカにあるものの、頭は多様なジャンルに突っ込んでいる。
ロックやラテンの要素を自在に取り入れているが、しかし、
ボトムの世界観が揺るぎないものであるため、ギリシャらしさは微塵も損なわれていない。

浮ついたところが、まるでない。
すべてはダラーラスの手中に、あるいはギリシャの街角に回帰する。

ダラーラスの歌唱は一聴、しなやかで、聴く者にその「巧さ」を押し付けない。
けれど、それは表層的なリスニング体験に過ぎず、
彼の歌は知らず心の奥底に張り付いている。
陰影、哀愁、色香、そういったものが渾然一体となって押し寄せてくる。
もう、ダラーラスからは逃れられない。
私もまた、彼の手中にあるのだ。

ブズーキ、ギター、アコーディオン、ヴァイオリンを基調に、曲によっては
エレキギター、シンセ、ドラムが参戦する。
自分にとって、ギリシャ音楽はブズーキだ。
いかなる楽器を差し置いても、ブズーキなのだ。
あの魅惑の弦楽器が、音楽に魔法をかける。

そして呼び覚ます。
第一次世界大戦直後の無数の魂を。
トルコから流れ着いた移民や、プレカリアートの悲哀。そして、歓喜を。

この手の音楽を聴くと、自分は歴史上の小さな小さな点に過ぎないことを思い知らされる。
それを知ることは寧ろ、歓迎すべきことのように、いまは思う。
だから、ワールドミュージックはたまらない。

GEORGE DALARAS / GI AFRO IPARHOUN I FILLI

テーマ : 音楽
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トライバル・パレードの行方



この音は、肺の下部と、たわんだ飾り紐の中に隠されている、屈曲自在で、よく音の響く何本もの管との間に、
外科手術によって連絡がつけられたおかげで、彼女が呼吸する度に生まれるのだった。
細長い、優美な形の分銅のように飾り紐の先に垂れ下がっている金鍍金した金具は、中空で、
中には良く振動する薄片が入っていた。肺が収縮する度ごとに、吐き出された空気の一部は、
たくさんの管を通り、薄片を動かして、妙なる響きを生み出すのだった。


あまりに面白いので、長々と引用してしまいましたが、これは世紀の奇書と名高い
「アフリカの印象」の一場面です。
これが、イカれたマッドサイエンティストによる人体実験ではなく、
熱帯の地、アフリカで繰り広げられる陽気な余興だと言うのですから、驚きを隠せません。

本書は、アフリカの大地で展開される奇妙キテレツな見世物が、淡々と描かれた作品で、
物語に筋はなく、「場」だけが、確かな言葉によって形作られていく。
ルーセルは奇想の結実を読者の想像力には決して、委ねません。
あらゆる情景を言葉のみで視覚的、幾何学的に浮かび上がらせるのです。
頭の悪い自分なんかは、なかなか情景が浮かんでこないこともしばしば(笑)。

とにかく、読むことで何かを得られる類の本ではありませんが、
読むことでしか得られない経験というものがあるのだ、ということを教えられます。
メッセージを伝えるものだけが、文学ではない。
それを身を以って痛感しました。
サリフ・ケイタやクリフトン・シェニエみたいなキャラクターも登場しますので、
ワールドミュージックのリスナーの方々にとっても、得がたい一冊になるのではないでしょうか。

レーモン・ルーセル / アフリカの印象

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バレンタインデー・ガザル



(症例1)
「あららら。これは可哀想に。痛いでしょー。でも我慢するのよ。お薬ヌリヌリするからね。
 ほんの少しの辛抱よ。はい、私に身体を預けてごらん。そうそう。えらいねー。
 はーい、よく我慢しました。お大事に」

(症例2)
「まぁー。上手に歯磨きできてますよぉ。奥歯の奥までキレイキレイですねぇ。賢いですねぇ。
 ご褒美に歯ブラシをプレゼントしちゃおうかなー」

以上、いずれも当方アルバイテンに対する看護士さんたちの慈愛に満ちた対応である。
幼児性を見事に見透かされているのか、完全にキッズ扱い。
ちなみに(症例1)は帯状疱疹を患ったときで、(症例2)が歯科検診に行ったときの好サンプルである。
幼少期の回想録ではなく、現在進行形のそれなのだ。

これは看護の域を超えて、もはや恋ではないのか?
そうだ。そうに違いない。
病院とは、刹那の恋の教習所なのだ。

さて、恋と言えば恋文。
恋文と言えば恋愛叙事詩。
恋愛叙事詩と言えば、パキスタンのウルドゥー歌謡ガザルである。

ここに一枚のロマンティックな恋文、いや、ガザルのアルバムがある。
豪華絢爛な伴奏(総勢43名の演奏者による!)の上で、しなやかに舞う美声。
恋する乙女をそっと包み込むのは、繊細なシルクのように美しいストリングス・アンサンブル。
美の極致とでも言ってしまいたくなる幽玄な調べに乗って、女はいつしか肉体を失い、余韻と化す。
その瞬間、あらゆる雑念はスピーカーの前から姿を消すのだ。それは、まるで涅槃。

そんな訳で、本日はバレンタインデー。
メディアの過剰な扇動にあやかって、今日一日は自意識過剰に生きようではありませんか?
かつてオレンジレンジとかいう連中が良いことを歌ってました。
「楽しみたけりゃ、バカになれ!」って。

さぁさぁ、自分は泌尿器科あたりにダイブしようかと目論んでいますが、皆様はいかがお過ごし?

HUMAIRA CHANNA / TARANG

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指名NO.1の男



08年は心斎橋プランテーションにて、09年は渋谷エルスールレコーズにて、
多くの野郎たちに指名され、愛でられ、夜を共にしたであろうタイのイケメン歌手。
それが、この男。ダーオ・バンドーン。

エルスールレコーズに到っては女座りジャケの「MAE BAEB PLENG LOOG THOON」が
伊達男チャーイ・ムアンシンや、燻し銀のスラポンを差し置いての年間売上8位の偉業を成し遂げている。
その余裕たるもの、この黄緑ジャケからも十分に伝わってくる。
幾人もの男たちのお相手をしてきたのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。

顔が良い、声が良い、ジャケが良い、と三拍子揃っているダーオだが、
もちろん音楽性も素晴らしい。
「タイのジュニア・マーヴィン」とでも形容したくなるような
超低速型ハイトーンボイスを惜しみなく聞かせてくれる。

そして、この70年代録音集である黄緑ジャケは曲の並びが抜群で、
冒頭4曲で確実に心を鷲づかみにされるのだ。
特にミニマルなフレーズを淡々と刻み続けるトレモロ・チューンや、
卓越したトースティングを炸裂させるハイブリッド・モーラムなんて鳥肌モノのかっこよさ。

伝統楽器と西洋楽器が有機的に絡み合う、心地良いグルーヴが満載で、
早くも本年度の指名争いにも名乗りを上げそうな予感がビンビンする。
まぁ、望む望まずにかかわらず、今夜もダーオは誰かしらのベッドの片隅に腰掛けていることだろう。
それにしても、タイに行ったときに、やたらと自分の身体に触れてきた謎の兄ちゃんに顔がそっくりだ。

Dhao Bandon / ティッジョーイ・プロイガイ

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雑踏(ゲットー)ミュージック



かつて勤めていたバッグ専門店に、愉快な店長さんがいました。
何が愉快かって、接客の際にお茶目な言い間違いを連発するんですよ。
まぁ、愉快とは言ってみたものの、お客様からすれば不愉快だったに違いありません。

「そちらは一点ものなので、すぐにニュウテ(入手)困難になりますよ」
「あらかさま(あからさま)なブランド物よりもオススメです」

極めつけは、黒人女性をモチーフにしたルル・ギネスのバッグを手に取り、
「このニグロのバッグなんて、貴女にお似合いだと思いますよ」
なんていうデリカシーの欠片もない発言で、お客様の表情を歪ませていました。
ええ、本人は至って冷静。なんでしたら満面に笑みですよ。
言い間違いも、ときには暴力になるんですねぇ。STOP言葉の暴力!

ところが世の中とは計り知れないもので、自らを「ただもうひとりのニガー」だと
言ってのける音楽家がいます。
唯一無二のブラック・ソウル・ミュージックを奏でるデトロイトのムーディーマンこと
ケニー・ディクソン・Jr(以下、KDJ)その人です。
言わずと知れた、ディープ・ハウス・マスターですね。

高校生のときにKDJの1st「サイレントロダクション」を手に入れた自分は、
「ああ、これで俺はもうスティーヴィーやマーヴィンを聴く必要なんてないんや」
とまで思った(実際には、聴いていましたが)ほど、衝撃を受けたのを覚えています。

気高く、美しく、それでいて淫靡で危険な退廃の匂いもする。
デトロイトの雑踏がそのまま刻み込まれたようなレコードを何度も何度も回転させました。
彼のアルバムはすべてが素晴らしく必聴盤に値しますが、この「ブラックマホガニー」は
特に粘着質な仕上がりで、毎度のごとく聞き惚れてしまいます。
ここで鳴っているのは、ハウス、ジャズ、ソウル、ファンク、ゴスペル…黒人音楽のあらゆる結晶。
ハイハットの刻み方や、音の定位が完全にオリジナルで、一瞬聴いただけでKDJだとわかるサウンド。
極めて純度の高いソウル・ミュージックであると同時に、ダンスフロアのギャルたちをそっと濡らす、
音の媚薬とも言えるのではないでしょうか?

ここ数年はヴァイナルのみのリリースにこだわっているみたいで、
それはインドネシアのダンドゥット歌手の多くが未だにカセットテープでしか
作品を発表しないのと、だいたい同じような理由のようです。
彼らはあくまでも、市井の人々に、音を届けたいのでしょうね。

MOODYMANN / Black Mahogani

テーマ : 音楽
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アシッド夫婦漫才



ポリネシアン・セッ○スってご存知ですか?
なんでも、愛する男女がひたすら性欲を制御し続け、いよいよ極限状態かというタイミングで結合すれば、
驚くべきことに、瞬時にしてオーガズムに達すると言うやつです。
そりゃぁ、もう凄いらしくて「あんっ」とか悠長に感じている暇もないそうな…。

って、なんの話がしたいのか?
もちろん音楽の話ですよ。しかも、今回のは正真正銘の「眠らせない音楽」なのです。

アシッド夫婦漫才をダイナミックに展開するMUの1st「アフロフィンガー・アンド・ジェル」です。
直訳すると「アフロの指とジェル」……何という、えげつないタイトル。
そう、そうなんです。みなさんがお察しの通りの内容なんです。

ナチュラル・ボーン・風俗嬢、ムツミ・カナモリと
エキセントリック・カウパー・ボーイ、モーリス・フルトンの夫婦は、
音楽を用いて、あっけらかんと夜の営みを曝け出します。

夫・モーリスさんが用意したスケベなベースラインと忙しないピストン・ビーツの上で
激しく悶える妻・ムツミさん。
そして、遂にはタイトル曲の中盤で、文字通りのピークを迎える、おふたり。

「あそこの毛が、手につくほど、激しく触って、イク、イク、イクゥゥゥゥゥゥ!!!」(ムツミさん)
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」(モーリスさん)

やれやれ…。
しかし、これマジですからね。
騙されたと思って、ぜひとも聴いてみてください。
このアルバムから数年後にリリースされたパリス・ヒルトン賛歌のシングル
その名もずばり「パリス・ヒルトン」も素晴らしい内容で、フロアを笑いの渦に巻き込んだのでありました。
いまこそ、はっきりと申し上げましょう。
いまの「沼化」したディープ・ミニマルやクリックシーンに足りないのは、この猥雑さなのでありますよ。
やれやれ…。

MU / Afro Finger And Gel

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

堆積する時間と消滅



ラテン・アメリカ文学の大傑作にして、圧縮の文学の金字塔。

蜃気楼の町「マコンド」で時間と血に翻弄される一族の、孤独と苦悩の壮絶な記録。
この本の中には紛れもなく「マコンド」を流れる時間が刻印されていて、
それは時計を見て秒針がどれだけ進んだのか、とかいう時間では断じてなく、
たとえば自分の祖父と話している時などに感じるそれであり、
あるいは祖父の侘しい頭髪、または顔や手に刻まれた無数の皺そのものに代弁される時間である。

百年とは、ひとりの人間がひとりで完結し得る空間であり、
過去、現在、未来を鳥瞰することが可能な、言うなれば歴史の折り目のようなもの。
本書で展開されるのは、極めて個人的な時間のコントロール。
アウトロに始まり、イントロで終わるという円環構造で独自のファンクネスを叩き出した
J・ディラの遺作「ドーナツ」にも通ずるところがある。

「死すべきことに対抗する努力は恒常的で、一貫し、総体的なものでなければならない」
と言うのは建築家・荒川修作の思想であるが、マルケスは同様の考察を、
一族の闘争に委ねて描き出しているようにも思える。

1ページ前に死んだはずの人間が、数ページ後には行間を暗躍しているというのは
本書においてはザラで、その痛快さったら、正直、サイバー・パンクどころの騒ぎではない。

そして、この重厚な物語の終盤に訪れる圧倒的な高揚感に、自分は息をするのも忘れたほどである。
これを神話と呼ばずして、なんと言うのか!!!!!
ちなみに、作中にこんな言葉が出てくる。
「文学は人をからかう為につくられた、最良の道具」

G・ガルシア=マルケス / 百年の孤独

テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

モンロー此処にあらず



マリリン・モンロー・ノー・リターン
ノー・リターン
ノー・リターン
この世はもうじき
おしまいだ
歩きつかれて
西の果て
真っ赤な真っ赤な
日が沈む
さよならさよなら
国家甲羅(コカ・コーラ)


いやぁ、何度聴いても痺れますね。
反骨心と諧謔に満ちた野坂先生の71年作です。
自分が生まれるより随分と前の作品なので、当然、後追いで知りました。
9.11以降、イラク戦争以降、小泉・竹中政権以降、より楽曲の強度が増した感がありますね。
平成の歌謡界には、この手の非常に「良くない大人」の見本みたいな人があまりいない。残念です。
ちなみに「この世はもうじき、おしまいだ」の名フレーズは
ベテラン・ラッパーECDの「迷子のセールスマン」でもサンプリングされていました。
さぁさぁ、みんなで合唱しましょう。
マリリン・モンロー・ノー・リターン
アドルフ・ヒトラー・ノー・リターン
ベニチオ・ムッソリーニ・ノー・リターン
フィデル・カストロ・ノー・リターン
ジョージ・ブッシュ・ノー・リターン
トニー・ブレア・ノー・リターン
ジュンイチロウ・コイズミ・ノー・リターン
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・

野坂昭如 / マリリン・モンロー・ノー・リターン

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

イサーンの女



「行ってきまーす」
そう言って妻が扉を閉めたのを契機に、自分は携帯電話に手を伸ばした。
そして、ある筋からの情報を頼りに、某レコード店にアクセスする。

「至急、極上の娘を頼む」、と。

待つことしばらく、玄関の扉をノックする音が聞こえてきた。
滾る情欲で内心穏やかではなかったが、あくまでも平静を装いつつ扉を開けた。
すると、そこに黒髪、厚化粧の冴えない女が居た。
咄嗟に「チェンジ」を要求しようとしたが、先に口を開いたのは女の方であった。

「わたし、タイ北東部のイサーン地方から来ました。スパープです」

そのまま女はズカズカと室内に上がりこみ、更には私の鼓膜にまで土足で上がり込んできた。
私は為す術もなく、女に耳を預けるしかなかった。
部屋の片隅で愛猫が怯えていた。

そして、女は凄かった。「ど」がつくほどのテクニシャンであった。
焦らしに焦らしまくったあとに、不意を突いてのビート・イン。
そっからはいやらしく絡みつくケーンとコブシの愛撫地獄。
これほどまでに濃厚なモーラムはかつて体験したことがない。
脅威のテクニックで80分間、攻められ続けた私は、完全虚脱状態のでくのぼう。

しかし、あまりに中毒性のある危険なプレイに口から出た言葉は
「ワン・モア・チャンス」

女は不適に笑い、再びケーンを手にした。
しかし、次の瞬間、私は凍りついた。

視界の片隅に妻の姿が入ったからである。
その手には、巨大な巨大な大根が握られていた。

*以上、すべて音楽の話です。一部フィクション(妄想)が混入しておりますので、ご注意下さい。
 なお、文中に登場するレコード店は渋谷エルスール・レコーズに他なりません。

SUPERP DAODUANGDEN / LAM PLENG BAN HAO

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

比類なきアガペー



聖霊に祈りをこめて、涙を流し
悲願を叶えるあなたを愛し
聖なる永遠の神の息づかいに祈りをこめて

かつて、上記のような言葉で愛餐を求めたギリシャの国民的歌手ハリス・アレクシーウ。
彼女はいまも祈りの代弁として、広義の意味での恋歌を綴っている。
セルフ・プロデュースした09年新作でも、随所に魂の断片が滲んだ歌を聴かせてくれる。
時にそれは痛みを伴うほどの情感に満ちている。
こんなに美しくも儚い「声」の持ち主を他に知らない。

ハリスの歌を聞いて涙を流すことはあっても、決して絶望はしない。
メランコリーのその先を、彼女は必ず提示してくれる。
正直、ギリシャ語はわからない。
「音楽は国境を越えるんだよ」なんてことを言うつもりもない。
そんな単純なものじゃないんよ、ハリスの芸術は。
正真正銘の人間音楽なんやと思う。

今日、心から信頼する友人から、大切なメールが届いた。
自分は無力だが、友人にハリスの歌を届けたいと思った。
きっと、最後は救いがあるんよ。
きっと。

HARIS ALEXIOU / LOVE WIIL FIND YOU WHEREVER YOU MAY BE

テーマ : 音楽
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偏執狂的アラブトロニカ

NAJWA.jpg

以前も同じようなことを書きましたが、
自分は打ち込みなどの電子音を取り込んだワールドミュージックが苦手なんです。
しかし、何事にも例外ってのがあるんですよねぇ。
それが、この御姉。

レバノンのナジワ・カラン姐さんの、アルバム。
叶姉妹ばりにゴージャス、ギラギラ、コテコテのジャケからは想像もつかないような
複雑怪奇なサウンドが飛び出してきて、度肝を抜かれます。
それでいてフォークロアな芳香に満ちているんですよ。奇跡的に。

偏執狂なまでに凝りに凝りまくったプログラミングは、最も先鋭的だった頃のオウテカを想起させます。
安っぽい四つ打ちなんて、皆無で、エレクトロニクスと生音との絡み具合が絶妙です。
パーカッシヴな音の粒子が縦横無尽に弾けまくり。
そこに、伝統色の濃いナジワ・カランのコブシが乗っかるんですから…。
最高ですよ。
この人なら偏執狂でなく、変質狂でも大歓迎です(笑)。

9.11以降、アラブ音楽がアメリカ音楽を凌駕しているという事実を、
この作品は如実に物語っています。
いまビヨンセとフライング・ロータスがタッグを組んでも、こうはならないでしょうね。

NAJWA KARAM / AAM BIMZAH MAAK

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ピロートーク入門

KILLER.jpg

会話の上手な人は、話している内容にストーリー性があったり、
文章のエディット能力に長けていたり、
話し方にも抑揚がある。
日本のラッパーで例えるなら、ブルーハーブのボス・ザ・MCや降神の志人みたいな人たち。

逆に会話の下手な人は、内容に起承転結がなく、
事実をだらだらと並べていくだけ。
自分の伝えたいことに焦点を絞ることができず、聞き手に散漫な印象を与える。
日本のラッパーで例えるなら、シンクタンクのケイボンみたいな人。

自分が惹かれるのは、圧倒的に後者である。
なぜなら彼らの話には、編集を拒む、独自の世界観があるからだ。
それは、その人が発声している瞬間にしか存在しない。
だから、片時も聞き逃すことができない。

そんなケイボンが、音響職人パードン木村と繰り広げたセッションは、
饒舌であるが話の下手な人間と、会話のエディット能力に長けているが無口な人間とが、
互いの持ち味を容赦なくぶつけ合った貴重なドキュメントである。

ケイボンがダラダラダラダラダラダラ…と話し続けている傍らで、
パードン木村は卓越した指さばきでペン回しに興じている。
そんな感じ。

パードン木村が造りだす、変化自在で抑揚のあるポリリズム。
その上で、見も蓋もないトークを繰り広げるケイボン。
スリリング極まりない。

最良の瞬間は4曲目の「JAGUAR」で、
ここでのケイボンのラップは、まるで泥酔した三流の落語家が、
会話ともネタとも判別がつかないモノを延々と垂れ流し続けているかのようだ。
それでも、お構いなしに巧みなペン回しを披露する相方。
素晴らしい!!!!!

ジャズが最もアナーキーな音楽だった時代の、フリーセッションを垣間見た気にさせられた。
一夜を共にしたものだけが聴くことを許される、美しくも退廃的な寝物語。
ほんまもんの不良の音楽なのである。
全盛期のアルバート・アイラー好きは、必聴です。

KILLER PARDONG / KILLER PADONG

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

富士Qライトニング・ボルト

BARRISTER.jpg

 あなたは東京が初めてなら、まだ富士山を見たことがないでしょう。
 今に見えるから御覧なさい。あれが日本一の名物だ。あれより他に自慢するものは何もない。
 ところがその富士山は天然自然に昔からあったものなんだから仕方がない。
 我々が拵えたものじゃない
                                夏目漱石「三四郎」より


上記は漱石のペシミスティックな一面が如実に現れた名台詞であるが、
音楽で富士と言えば、ナイジェリアのフジである。
私の頭の中のうろ覚え雑記帳によると、フジとはヨルバのイスラム教徒のコミュニティから
生まれた音楽、とある。

多様な打楽器群が生み出す強烈なビートが、まるでコブラのごとく、足元をのた打ち回り、
そこに、泥臭いヴォーカルとコーラスの果てしないコール・アンド・レスポンスが交わる。
暴力的なまでのグルーヴと、宗教音楽が持つ祝祭感に、思わずこちらも血が騒ぐ。
こりゃ、祭りだ。しかも最上級に野蛮な。

シキル・アインデ・バリスターはフジの頂点に君臨する男で、
言うなれば、ナイジェリアの勃○王。
エレクト・キングは、切れ味鋭いトーキングドラム・アンサンブルを従え、最強の暴君と化す。
だって、見てよ。この下品な豹柄のジャケット。この虚ろな眼差し。
さすが、としか言いようがない。

人知の及ばぬところの富士と、人力ハードコアなフジ。
いずれも絶景ナリ。

SIKIRU AYINDE BARRISTER / AMERICA SPECIAL

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ノイズの波紋

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「普通は○○やんな」
「普通に考えたら○○でしょ」

こんな発言をする人がいます。
ならば問いましょう。あなたの仰る「普通」ってなに?

「そんなん常識ですよ」
「常識がないなー」

こんな発言をする人もいます。
ならば問いましょう。あなたの仰る「常識」ってなに?

かつて芥川龍之介は著作「侏儒の言葉」のなかで次のような言葉を残しています。

「危険思想とは常識を実行に移そうとする思想である」

右に倣えの風潮に危惧を抱く先生の胸中がうかがい知れるってもんです。
現在、ますますこのような美しい教訓が無きものにされ、それに変わって、
ありきたりな美辞麗句がもてはやされるようになってしまいました。

「常識」なんてものは、どこぞの権力者が都合の良いように書き上げたシナリオなのでは?
カフェなどで大麻がサクっと購入できる国もあれば、
日本のようにピーピー・ギャーギャー騒ぎ立てる国もあるんですから。

そんなものを鵜呑みにしていたら、誰かさんの思う壺ですよね。
散々、弄ばれてポイってやつですよ。弄ばれるんじゃなくて、遊ぶもんです、人生は。

そんなとき、ストラグル・フォー・プライドの音は有効です。
堅苦しい決め事や、胡散臭い美辞麗句を、徹底的に排除するかのような壮絶なサウンドを
かき鳴らします。

冒頭に聴こえてくるカヒミ・カリィの美しい詩の朗読のあとは、ノンストップでローリンローリン。
笑顔でノイズを撒き散らし、愛の咆哮が降り注ぐ。
全9曲、怒涛の音塊が駆け抜ける。

その後、ヘッドフォンを外して街に佇めば、
すべてが先ほどとは違って見えるはずです。

彼らが遊び続けているうちは、この国にも、まだ希望はあるでしょうね。
さーて、自分も有休をとって、遊びに行こうーっと。

STRUGGLE FOR PRIDE / You Bark,We Bite.

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

露店でカイラサ

KAILASA.jpg

地元の商店街をふらふら歩いていたら、パチンコ屋の前に何やら怪しげな露店が。
店主は見るからに、その筋の者とわかる風貌。
陳列台の上には無数の小指、ではなく産地不明の明太子。

ヤクザと明太子。

まったく意味がわからないので、足早に露店の前を通過しようとした。
しかし、である。
想いとは裏腹に、店の正面で足を止める自分がいた。

明太子の脇に、見覚えのある男の姿があったのだ。
男は意気揚々と両手を広げ、満面に笑みを浮かべている。
果たしてそれは、カイラシュ・ケールであった。

そう、元路上生活者にして、現在はボリウッドシーンでも活躍するインドの人気男性歌手。
そんな彼のバンド、カイラサのCDが明太子の群れに混じっているではないか!!

ヤクザと明太子とカイラシュ・ケール。

いよいよもって意味不明。
けれど、不意に『動植綵絵』などで知られる江戸時代中期を代表する絵師、
伊藤若冲の思想が脳裏を過ぎった。

「意味もなければ、無意味もない」

そうだ。そうなのだ。意味なんて関係ない。いまこの瞬間こそが大切なんだ。
しかもCDの前には汚ぇサラシ紙に血文字(思い込みです)で10円と書かれてある。
えらいこっちゃ。
うまい棒>カイラシュ・ケール。
このアルバムは、日本におけるワールドミュージックの聖地「エルスールレコーズ」周辺では
非常に高評価を得ていた一枚なのに。
自分は毅然とした態度でオヤジに10円を突きつけた。

するとオヤジ。明太子ではなくカイラシュ・ケールを求める自分を、訝しそうに見つめてくる。
そして、ついにはこんな台詞を口にした。
「こんなもん、わしもいらんねん。全部持っていってくれや」

カイラサに気を取られてまったく気がつかなかったが、その下には国籍不明の怪しすぎるCD群が。
そのすべてから、強烈な駄作の臭いが漂っていた。
嫌や。絶対に買いたくない。
しかしオヤジ。ギラギラとした危うい眼差しで見つめてくる。

仕方なく、無理矢理にもう一枚だけ選んで、あとは逃げ帰るようにして、その場を離れたのであった。

で、問題のカイラサのアルバムである。ずばり、期待通りのステキな内容だった。
インドを基調にしながらも、レゲエやフラメンコやロックの風味が、とても自然にミックスされている。
インド物にしては濃厚すぎず、胃腸の弱い自分には、ほどよい仕上がりで、
何よりカイラシュ・ケールの軽やかな歌声が、聴いていて爽快な気分になる。
これは収穫だ。しかも10円。

ちなみに無理矢理に購入した国籍不明の一枚は、再生不能のCDRであった。
怖すぎるぜ、明太子オヤジ…。

KAILASA / JHOOMO RE

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肝っ玉の重量

UNDERGROUND.jpg

男の肝っ玉とは、つまるところ睾丸のでかさにある。
睾丸の重量が地に足を、いや、地に根を下ろし、男の存在感を確固たるものにする。
女々しいなんていう言葉は、女性を軽視した軽はずみな言葉に他ならず、
ときに男の矮小な肝っ玉などは、持たざる者に遠く及ばない。

さて、その肝っ玉に内包されているものとはなにか?
それはイマジネーションに他ならない。想像力の寝床として、
我々は自身の根源を、丁寧に袋に入れて、下げている。
すなわち反逆児を。

肝っ玉の小さい男は、他者の介入に怯え、悶え、苦しみ、挙句には逆上することもしばしば。
なんせ、主は不在なのだ。
うな垂れた男は、またぐらを摩りながら嗚咽を洩らす。
虚無なる夜が支配する、空っぽの。
非情を乞い、はらわたをえぐる。
雨の降りしきる、残寒の夜。

さてさて、肝っ玉のでかい音楽家と言ったらマッド・マイクを差し置いて他にいない。
デトロイトのガテン系エレクトロ集団アンダーグラウンド・レジスタンス(以下、UR)の総帥である。
マイクはホームレスに仕事や住む場所を与え、レコードの売上を教会や学校に寄付し、
UR主催のパーティの時には、自ら率先して、雪の中、ライフルを抱えて見張り番に徹するという。
うーん、男前。漫画の世界を地で行く人やね。

そんな彼らの音はと言えば、当然のように男臭くて、パワフルで、コズミック。
それでいて、ときにメランコリーでさある。その瞬間、聴くものは涙をこらえきれなくなる。
労働者階級、ワーキングプアを永遠に鼓舞するであろう、必携の音楽なのだ。

UR / INTERSTELLAR FUGITIVES

テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

プロフィール

繁盛亭アルバイテン

Author:繁盛亭アルバイテン
ヒッピー・ボヘミアンな生活に憧憬を抱く浪速のポンコツ。
物心ついたときから寝つきが悪い。

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