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素顔のままで・ファイナル



枝雀さんは仰った。

いつの日からか、自分の素顔がわからなくなりました。
私の笑顔は偽りだとも言われます。それでもかまいませんよ。
仮面を被り続けることで、それがいつしか自分の素顔になるかもしれません。
ならば、楽しい仮面の方が良いでしょう。だから、私は笑います。笑顔の仮面を被り続けます。

枝雀さんが最後の最後に仮面を外し、あの結末へと到ったのであれば、それはあまりに悲しすぎます。
演目を終えて、舞台袖へと捌けて行く枝雀さんの横顔が、多くのことを物語っているように感じるのは、
恐らく私だけではないでしょう。希代の爆笑王の微笑みは、私に「笑い」の厳しさを教えてくれるのです。
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テーマ : art・芸術・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

繁盛亭に灯る、光

utakata-neko.jpg

日頃からお世話になっている才女、のぐっちさんから素敵なプレゼントをいただきました。
なんと手づくりのステンドグラスを用いたランプです。我が家の簡素な6畳間に灯る魅惑の色彩。
うっとり見惚れて、時間が流れ、愛猫ミューモもご満悦。のぐっちさん、美しい光を本当にありがとう。

のぐっちさんの『utakataのステンドグラス制作日記』も是非ともご覧下さい。

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夏祭浪花鑑 ver. 平成中村座



開場と同時に、だんじりビートに飲み込まれ、町人たちのざわめきが、鼓膜を擦り抜けていく。
そう、祭りの始まりである。文楽でお馴染み『夏祭浪花鑑』の平成中村座ヴァージョンの開幕だ。

巧みなカット・アップと娯楽に徹した演出で、文楽とは一味違う、祭りの妙味を楽しませてくれる。
文楽の人形たちが軽々と人間を超越していたのに比して、人間は人間ならではの弱さを見せてくれる。
完璧に計算されたスキがあり、そこから零れ落ちる情がある。それが、今回の祭りの醍醐味である。
そして、ラストの凄まじいまでの昂揚感は、筆舌に尽くしがたい。見せ場たっぷりの大立ち回りを経たあと、
不意に小屋の壁が取り払われることで、団七と徳兵衛の「その先」が提示されるのだ。見えないのに見える城。
その瞬間、僕は言葉にならない咆哮を上げ、隣では妻が号泣し、友人の指輪は真っ二つに割れた(本当に!)。
このカタルシスは、終局に至るまでに垣間見た、女たちの深すぎる愛があってのことに違いない。

確かにこれは、純粋な歌舞伎ではいのかもしれない。「まるでサーカスのようだ」との批判もあるらしい。
だけど、伝統をアップデートする手法としては、最良のものを見させてもらったように僕は思う。
勘三郎さんは、敷居が高くなりすぎた藝術を、いま一度、大衆のもとに返還しようとしているかのようだ。
敷居を高めるのではなく、裾野を広げるために、全身全霊をかけて戦いに挑んでいるように思えてならない。
それは、善悪という単純な二元論を超えて、直接、心に打ち込まれるカウンター・ブローのようなものである。

最後になったが、当日券を獲得する為、眼前に聳える大阪城と対峙し、ひとりきりで3時間も並んでくれた友人、
そして、イヤホン・ガイドという大役を見事にやり遂げた友人に、最大級の感謝と敬意を。いつもありがとう。

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アフリカの強度



先日、作品の持つ「強度」について、questaoさんと密かに熱く語らいました(ブログ上で)。
小手先のテクニックばかりが持て囃される現代に於いて、作品の「強度」とは何か?
たった一行の言葉で、たった一本の線で、人々を打ちのめすような作品を生み出すことは可能なのか?
そんな考察を巡らせながら、民博で開催中の『エル・アナツイのアフリカ』展に行ってきました。

エル・アナツイさんはガーナ出身、ナイジェリア在住の彫刻家です。元々は木材などの天然素材で人物像や
レリーフを製作していたようなんですが、近年は空き缶のフタ等を用いてのインスタレーションを実践中なんです。

天然素材を用いるにせよ、廃材を用いるにせよ、そこにはドテッと生々しくアフリカが寝そべる訳であります。
まぁ、結論としてはガツーンときますわね。アートだ何だとか言う以前に、イボ人たちの生活の気配がある。
ちなみにアナツイの工房には、総勢20名ほどの助手が居るらしいのですが、彼らは好きな時間にふらりと訪れ、
オンボロ・ラジオから流れるジュジュやハイライフを聴きながら、廃材を潰し、縫い合わせ、疲れたらまた各自
適当に帰っていくんです。そんな彼らには美術作品の創造に携わっているという意識は微塵もないんですって!
ただの暇つぶし、若しくは小遣い稼ぎに過ぎないんですって! まったくもって素晴らしいじゃないですか!
こういう現場から「強度」のある作品が生まれてくるんやなぁ、と感慨に浸りきりですよ。
本物の宗教家が、誰一人として自分のことを宗教家だとは思っていないのと、同じかもしれませんね。
まずは意識を捨てる。そこから始める必要がありそうです。

12月7日(水)まで国立民族学博物館で開催中なので、近隣にお住まいの方は是非。

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お笑いパープル・レイン

visualbum.jpgvisualbum.jpg

さて、今回はお笑い界に燦然と輝く金字塔、松本人志さんの『VISUALBUM』を取り上げましょう。
本作、ボトムはペーソスの漂う人情喜劇にありますが、頭は完全にサイケデリックに突っ込んでいます。
ここに収められたコントによって、彼が本当に人々を「笑かそう」と思っていたのかさえ、怪しいところ。
それくらい、ここでは「お笑い」の定義が蹂躙され、歪なカタチのまま、ドロ~っと横たわっています。
俗を極めて聖を成す、とでも言いましょうか、ある種の神々しさのようなものさえ感じられますね。

常識を寿司ネタもろとも叩き潰す『寿司』、『大日本人』の雛形とも言える『巨人殺人』、
糞まみれの児童が奏でる『荒城の月』、板尾創路のポテンシャルを最大限に引き出した『古賀』、
迸るサディズム『ゲッタマン』、芸人のあるべき姿を問う『園子』など、突出した作品が並びます。

中でも最大の白眉が、オカルトな気配すら漂う『システムキッチン』と『診療所』。
不穏なミニマリズム、得体の知れない官能が、嫌というほど脳裏にこびりつく、恐ろしいコント。
これこそが、芸人・松本人志の真骨頂であり、ある意味「お笑い」の極北とも言える作品でしょう。

願わくば、松ちゃんには、当時のような闇(病み)を、ずっと引きずっていてほしかったですね。
『診療所』の医師が言うように、僕たちはみな、「一億総患者」なのですから。

松本 人志 / VISUALBUM

テーマ : 松本人志
ジャンル : お笑い

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繁盛亭アルバイテン

Author:繁盛亭アルバイテン
ヒッピー・ボヘミアンな生活に憧憬を抱く浪速のポンコツ。
物心ついたときから寝つきが悪い。

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